第14話 知り合いの話だけどね……
「急に黙ってどうしたの?ねえ、顔色が悪いけど、僕の声、聞こえてる?」
急に黙り込んだ私にじれたのか、翔琉が私の顔を覗き込んできた。思わず、彼の顔を凝視してしまう。翔琉君は父親によく似ているが、柚子とはあまり似ていない気がする。そのせいで、今まで深波の家で彼女の子供としてばれずに生きてきたのだから、それは私としては似ていなくて良かったと思ってしまう。
「ねえ、これはあくまで仮定の話、可能性の話だけど、少しだけ私の知り合いの話を聞いてくれる?」
柚子のことを隠してきて十五年。そろそろ、私は秘密を隠し切れなくなってきた。いつばれるかもしれない不安な日々から解放されたいと考えたのかもしれない。私は彼に知り合いの話として、柚子のことを話すことにした。
「私の知り合いにね、小説家がいるんだけど、その子の作品がめでたいことにアニメ化されたの。そこで、ある声優さんと出会うんだけど」
「知り合いっていう形で話すのはやめた方がいいよ。そういう話をする奴って、十中八九、自分のことを言っているよね。バレバレだから」
いざ、知り合いのことのように話し出すと、すぐにストップをかけられた。
それにしても、さっきから翔琉君の話し方がずいぶんとフランクな口調になっている。両親が知り合いとはいえ、彼と会ったのは初対面である。あまりにもよそよそしい話し方は嫌だが、気軽過ぎるのも問題である。今時の若者はこんな感じなのだろうか。話し方について議論している暇はないので気にせず話を進めよう。
私も知り合いという形で話すのはないなと思っている。そもそも、小説でも漫画でもアニメでも、この手の話は彼の言う通り、自分のことを隠しながら相談するという流れがほとんどだ。こうして自分のことではないと言っておけば、多少の罪悪感とか羞恥心とかが薄くなると思うからやってしまうのだ。とはいえ、さすがにいきなり話題を変えすぎた感は否めない。
「やっぱりわかるよね。せっかく私の家に来てくれたし、翔琉君に私の秘密を一つ、教えて差し上げよう」
なんだか上から目線になってしまったが、テンションをまともに保っていたら、秘密なんて暴露できない。よくわからないノリで一気に話すことにした。
「知り合いの話しという形はやめたけど、本当はそのノリで話したいくらいの内容だから、途中で気分が悪くなったり、やるせない気持ちが出てきたりしたら、話の途中でも私の言葉を止めてもいいからね」
念のため、話し始める前に忠告はしておく。
「きっと、僕は気分が悪くなっても、先生の話を最後まで聞くと思うけどね」
翔琉君の言葉を聞き、私は深呼吸して自らの過去を彼に話すことにした。
「私の職業は知っていると思うけど、運がいいことに私は小説家としての仕事を得た。さらにすごいことに、自らの作品のアニメ化が決定した。もう、十五年も前の話になるんだけどね。誰にも言えない秘密が生まれたのは、そこから」
私が世間に隠したいと思うような秘密を持ったのは、自分の作品のアニメ化がきっかけであることは間違いない。その秘密の元凶ともいえるあの男の息子にこんな話をするとは、なんだか不思議な気分だ。
それから、私は自らの秘密にしたい過去を彼に話した。とはいえ、さすがにあの男が私の一晩の相手だったとは言えなかった。自分の父親が好きな作家と……なんて、知りたくないだろう。あの男との間にできた子供についても、誰なのかは明言しなかった。
「なるほど。先生は、よほど男を見る目がなかったんですね」
結局、私が話を終えるまで、翔琉君が私の話に口をはさむことはなかった。静かに私の話に耳を傾けていた。むしろ、静かすぎて話しづらいくらいだった。もう少し、反応があった方が話しやすかった。
とりあえずこれで、私の秘密を翔琉君は知ってしまった。
話した後のことは深く考えていなかったため、これからどうしようかと今さながらに焦ってしまう。話し終えた私に彼がかけてきた言葉に、そっとため息を吐く。
「男を見る目がなかった、ね。私も今ではそう思えるよ」
しかし、そのおかげで、私の姪「柚子」が存在している。そこは否定したくない。
「確かに翔琉君のおっしゃる通りでございます。反論の余地はございません。でも、私はあの時のことを無かったことにしたくない。そのおかげで彼女がこの世に存在する。あの子がいるのは、最低だったけど、あの男のおかげだから」
「はあ」
私の言葉を聞いた彼は、大きなため息を吐く。そんな最低な男に引っかかった私にあきれているのだろうか。
「どうして、先生は僕に秘密にしたい過去を話したんですか?先生の過去の過ちについてはわかりました。先生はあえて、男の名前と自分の娘のことをあいまいに話していましたが、話の流れから察するに、相手の男は僕の」
「さすがにそれは言ってはダ」
「ブーブー」
察しの良い翔琉君があの男のことを口にしようとしたので、慌てて遮ろうと口をはさむ。しかし、彼の言葉も、それを止めようとした私の言葉も、突然のスマホのバイブ音に止められた。誰のスマホかと辺りを確認すると、どうやら翔琉君のスマホからだ。
「もしもし、ええと。うん、大丈夫だよ。メールでも伝えたでしょう?今日は友達の家に泊まるって。心配しなくてもいいよ。僕だってもう、高校生なんだから。声が聞きたい?やだよ、どうしてそんな面倒くさいことしなくちゃいけないの?隠してないよ。切るよ。明日には家に帰るから。迎えもいらないよ」
翔琉君の電話を聞いていたのだが、相手は両親からだろう。電話中に彼に話しかけては、せっかくの彼の嘘がばれてしまうので黙って成り行きを見守る。今日は両親そろって居酒屋のはしごをしているのかと思っていたが、一応は息子の心配をしているらしい。翔琉君は、外泊するというメールをしていたはずだが、わざわざ電話をかけてきたようだ。
「だから、僕はもう、高校生だって言っただろ!心配しなくても、明日には帰るから!」
あの男の息子は、電話の途中で声を荒げ、一方的に電話を終了させた。そして、通話を終えたスマホを勢いよく机にたたきつけた。幸い、スマホカバーがつけられていたため、壊れることはなかった。
「ええと、ご両親からの電話だったんだよね。だいぶもめていたけど、大丈夫だった?」
「問題ありません。僕が友達の家に外泊するのが初めてなので、驚きとともに興味を持ったんだと思います。間違っても、息子を心配するということはないです」
怒ったような、不機嫌そうな顔を隠そうとしないあの男の息子が、どうして私にあんな依頼を頼んできたのか理解した。私の調査結果をもとに、最終的に何をしたいのかも、なんとなく想像することができた。
「さっきの話ですけど、先生の相手って……」
「その話は翔琉君の心の中に留めておいてくれるかな。たぶん、君の予測は間違っていない。私も今の翔琉君の両親との電話と、今日の君の話を聞いていろいろ理解した。お互いの秘密は心の中にしまっておこう?きっとすぐにそれを暴露する機会は来ると思うから」
この話はこれで終わりとばかりに無理やり話を終結させた。納得いかないような顔の翔琉君だったが、私は彼の寝床の準備やお風呂の準備をするために動き出す。
こうして、あの男の息子である翔琉君は私の家で一晩を過ごしたのだった。
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