第6話 打ち合わせ

「お母さんに沙頼さんとの話をしたら、今はまだやめておいた方がいいって」


「ふうん。深波が言っていることは、ただの時間稼ぎにしか思えないけどね」


「お母さんは、沙頼さんが私に話そうとしている、私の秘密を知っているみたいだった」


 柚子は、私の家に週に二回から三回ほど来る。その時に返事をしてくれても構わなかったのに、わざわざ次の日の夕方、柚子から電話がかかってきた。一人では決められなかったのか、深波に相談したようだ。


「秘密を知っていたとしても、深波はきっと柚子には話さないだろうね。他に何か言っていた?」


「他には……。このタイミングで秘密を知ってしまったら、高校生活を満足に楽しめないとも言われた」


「確かに柚子のルーツを知ってしまったら、高校生活を今みたいにのんきに楽しめないだろうね。それで、柚子は私にどうして欲しい?」


 彼女が私に電話をかけてきたということは、話が聞きたいからではないだろうか。しかし、その割に彼女の声には覇気がなかった。私の姪ということになっている少女は、電話越しに私への用件を伝えた。


「お母さんの反応を見る限り、私のルーツはあんまり喜べそうなものじゃない感じだった。だから、私の秘密を聞くのはもう少し後にするね。高校生活はまだ始まったばかりなのに、暗い気分になるのも嫌だし」


 彼女自身が考えて決めたことだ。特に文句を言うつもりはない。


「わかった。でも、これだけは覚えておいて。私も深波も柚子のことが大好きだということ。何があっても、私たちは柚子を大事な子供だと思っているからね」


 とはいえ、話を先延ばししても、結局、こじらすことになるのは目に見えている。悪いことや面倒事は早めに終わらせてしまった方がいいという人もいるだろう。それでも、後回しにして、今この瞬間を楽しむことも悪いことではないと思う。


 ひとまず、柚子に翔琉君や私、彼の両親についての秘密を話すことは先延ばしされた。そのため、彼が家にやってくるとき、私たちは赤の他人同士の初対面の挨拶となる。


 電話を終えて、仕事にとりかかろうとしたら、担当編集からメールが来ていることに気付いた。スマホの画面に新着でメールが届いている。


「先生の新作のCMについて打ち合わせしたいことがあります。明日の夕方、出版社に来ていただけると助かります」


 手短に用件のみが記されたメールを読み、そういえばと新作の告知CMを作ると言われていたことを思い出す。十五年前にアニメ化された小説の続編として書いたものだ。この作品はアニメ化から五年後に完結した。しかし、完結後も人気は衰えず、続編をという声が人々の間から上がっていたのは記憶に新しい。私としては、五年前に書きたいことは書ききったと思っていたので、続編の話は断っていた。


 それなのに、なぜ、十五年が経った今、続編が刊行されようとしているのかというと、単純に世の流れに私も乗ることにしたからだ。


 どうにも、出版業界やアニメ業界、作品を作る現場では、昔の物をリメイクしたり、完結作品の続編を作ったりした方が売れるという発想が浸透し始めていた。



 私の初めてのアニメ化作品は、私が思っていた以上に世間に印象付けられた作品だったらしい。もちろん、作者の私としては、全身全霊をかけて作り上げた作品で、世間に認知されることはとても光栄なことである。だからこそ、今の流れに乗るべきだと担当者も考えたのだ。


『あれからずいぶんと経ちますが、あの作品の続編を書いてみる気はないでしょうか?』


 担当編集者に提案されたのは二年前の話だ。当時、スランプ気味で思うような作品を作り上げることができず、不調気味で刊行した作品の売れ行きもよくなかった私に、降ってわいた仕事の話しだった。完結したとはいえ、すでに世界観も登場人物も完全に把握している。登場人物とはもはや家族同然の身内と言ってもいいくらいの親密具合だ。またとない話だとすぐに執筆する旨を伝えた。


 押し気味に担当編集に鼻息荒く迫ったのをよく覚えている。私の気迫に驚いていたが、それでも、自分の担当がやる気を出してくれるのは良いことだと思ったのか、その後は新作についての話で盛り上がった。


「CMか」


 そして、ついに新作を出版する時がやってきた。人気アニメの続編が刊行するとあって、CMは大々的に進められることになった。人気声優の起用、各種放送局の放送、アニメスタッフなど、たくさんの人が応援してくれることになり、明日、その打ち合わせをするために出版社に向かうことになった。



※アニメ化作品の説明

 ここで、私がアニメ化した作品を紹介しよう。


本名    秋葉沙頼(あきばさより)

ペンネーム 浅羽季四李(あさばきより)

アニメ化作品 

ハーレム要員なんてくそくらえ~ハーレム要員の一人に転生してしまったオレの奮闘記~


 私の初のアニメ化作品は、その当時流行した異世界転生物である。日本の男性が不慮の事故で亡くなるが、『異世界』と呼ばれる、元いた世界とは違う場所で目覚め、そこで、今までの姿とは違うことに気付きながらも、異世界で生きていくのが異世界転生物。人間に転生するだけでなく、動物や無機物、様々なものに転生する物語があった。


ハーレム要員なんてくそくらえ~ハーレム要員の一人に転生してしまったオレの奮闘記~ のあらすじ


 主人公は、二次元を愛するオタクの高校生、小田玄斗(おだくろと)。小さいころから病弱で、友達が少なかった。彼の唯一の楽しみは読書で、ラノベが彼の好きなジャンルだった。


 彼はある日、病気が悪化しあっけなく亡くなってしまう。


 しかし、死んだと思った彼が目を開き、自分の姿を確認すると、どうやら自分が金髪碧眼の美少女になっていることがわかった。それから、自分が聖女として魔王討伐部隊に選抜されていることを知らされる。


 自分の大好きだった異世界転生物の世界に似ていると思った彼だったが、自分が聖女に転生していることに驚くとともに、それならと、一つの野望を抱く。実は彼は、異世界転生物は好きだったが、一つ、気に入らないことがあったのだ。


「どうして、異世界の美少女たちが誰も彼も、主人公にメロメロなのか」


 男性目線としては、美少女に取り囲まれ、イチャイチャするのは願望であるのだろうが、彼はそれがどうしても理解できなかった。物語の構成としては面白いのに、美少女たちのその行動がそれを台無しにしているなと感じていた。主人公のハーレム要員として出てくる美少女たち、それをまんざらでもなさそうに受け止める主人公がよくわからなかった。


 それが今、現実のものとして目の前にある。自分はその主人公のハーレム要員の一人として転生している。彼は、この転生を生かして、自分が気に入らないことを正すチャンスかもしれないと考えた。


 自らが主人公のハーレム要員の一員として転生した彼が、勇者と魔王を一掃して、ハーレムを築かずに平和に生きていこうとする話。



※この作品の魔王役を神永浩二が演じ、アニソン歌手のREONAがOPに起用された

※アニメが放映されると、主人公の思いに共感する人々が続出した

 その後、少しずつ、ハーレム要員もの、女性の過度な露出衣装など、男性主体の作風が見直されることになったと思われる。(私としては減っていると感じた)




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る