第7話 最悪のサプライズ

「お疲れ様です」


 出版社には何度も顔を出しているので、あまり緊張することはない。いつもの勝手知ったる感じで中に入っていく。受付に用件を伝えるとすぐに会議室に案内してくれた。


「わざわざ来ていただいてすみません。ちょっとしたサプライズを先生に仕掛けようと思いまして」


 部屋には担当編集者の女性が一人イスに座って、私の執筆した原稿を読んでいた。一人だけなのかと思ったが、まだ打ち合わせ段階で他のスタッフを呼ぶまでもないのだろうと納得することにして、私も編集者のとなりに腰かける。ただし、彼女の言葉の真意は聞いておく。


「サプライズ?私はCMの件で打ち合わせに来たはずなんですけど」


「私だって仕事でここに居ますよ。出版社だって暇じゃないんです。きちんと勤務時間中は仕事させていただきます。それでは、今日のゲストをご紹介しましょう!どうぞ!」


 私の言葉に答えているのかいないのか、突然、彼女は会議室の閉められたドアの外に声をかけた。誰か外で待たせているようだ。CMに器用される大物声優だろうか。もしそうだとしたら、私がうれしいと思う声優さんは……。


「どうも、神永です」


「こんにちは!REONAです!」


「なっ!」


 思わず、ガタンと音を立てて立ち上がってしまった。サプライズとは言っていたが、このサプライズは最悪である。驚きの後にくる屈辱感が半端ない。


「どうですか!私がお願いして、この方たちにCMの協力を依頼することになりました。あれ?先生、どうしたんですか?急に青ざめた顔をして。もしかして、驚きすぎて貧血を起こしています?ははは、それも無理ありませんね。私だって、彼らに協力してもらうために相当苦労したんです!」


 ぺらぺらと今回のサプライズの種明かしをし始める編集者の声が、右から左の耳に通りすぎていく。


「先生?聞いていますか?」


「まったく、加藤さんは人が悪い。先生はこういうドッキリに弱いんですよ。まあ、あなたの提案に悪乗りした私たちも悪いですが」


「ふふ、初めて会った時から、変わっていないのね。驚き方が以前と変わらない」



「先生?おーい。そろそろ現実に戻ってきてくださいよ!」


「……。あ、ああ、すみません。ちょっと、現実逃避をしてしまいまして」


「驚きすぎて、ですか?別に驚きはしても、不思議なことではないでしょう?今回のCMは、十五年前にアニメ化された作品の続編の書籍なんですから。彼らがCMに起用されるのは」


「わかっています。わかってはいますけど」


 どうやら、私としては一瞬だったが、ずいぶんと長く放心状態だったらしい。担当編集の加藤さんの言葉に、やっとのことで我に返った私は慌てて言葉を返す。その様子をじっと見つめるのは、このサプライズを企画した担当編集者と、私の生活を一変させたくそ男とその奥方様だった。三人の視線に耐え切れず、思わず彼らから少し距離を取り、謝ってしまう。


「す、すみません」


 人前で意識を飛ばす失態をさらしてしまったことに、急激に恥ずかしさがこみ上げる。彼らは私の行動が笑いのツボに入ったようで、三人で口元を押さえて、笑いをかみ殺していた。


「わ、私のことはいいですから、本題に入りましょう?加藤さんはともかく、お二人は忙しい身の上でしょう?特に神永さん、あなたは超有名声優で、あちこちから引っ張りだこですから」


「大丈夫ですよ。先生の作品に出られるとわかって、こちらのCMに出演できるよう、マネージャーにかけあいました。なので、この時間は先生と打ち合わせができる時間ですよ」


 この場から一刻も早く離れたくなった私は、本題に入るよう自分の担当編集に訴える。彼女以外の二人が多忙なのをいいことに、早めに切り上げるようそれとなく伝えることも忘れなかった。それなのに、くそ男は時間があるから大丈夫と言い始めた。便乗して、奥方の方も楽しそうに言葉を引き継いだ。


「久しぶりに会ったんだから、もっと近況報告とかもしましょう!私はあれから、彼との間に息子が生まれたの。翔琉(かける)って名前で、とっても優秀で自慢の息子よ!」


「はあ」


 そんなことはとっくに知っている。その息子さんは、私の姪と同じ高校に通っています。さらには、姪と同じクラスでまさかの彼女の片思いの相手です。


 本当のことを言ってしまいそうになるのをぐっとこらえていると、奥方の話を遮るようにくそ男が無理やり話に割り込んでくる。


「REONA。息子のことは今はいいだろう?そうだ。この後、時間はありますか?仕事帰りに夕食を一緒に食べたいんだが、どうかな?この後は、仕事が入っていないんだ」


「確かに、さっさと仕事を終わらせましょう!そうすれば、神永夫妻との交流時間が増えますね。さすがに私は夕食に同伴はしませんから、明日にでも、どんな会話をしていたかこっそりと教えてください!先生!」


 くそ男の提案に目を輝かせたのは、奥方だけではなかった。こっそりと私の耳もとで興奮を隠しきれず、ハアハアと息を荒げながら話し始めた編集者の目も、ぎらぎらと輝いていた。


 その後、話はなんとか本題に戻ることができて、大まかなCMの内容を担当編集から聞かされることになった。大々的に広告していこうと言っていた通りに、派手にやるみたいだ。CMに起用される予定の二人は、先ほどまでの緩んだ表情を引き締めて、真剣に話を聞いていた。


「ここまでがCM作成から完成までの流れになります。まあ、今日は先生へのサプライズで彼らを呼んだので、本当の打ち合わせはこの後にあります。そこでもっと詳しく聞かされると思います」


 話を終えた担当編集は、そのまま私たちを追いて、足早に部屋を出ていった。


「私はこれからまだ仕事を続けますが、先生たちは自由にしてもらって構いません。では」


 別れの言葉とともに部屋を去った彼女の後姿からは、邪魔者はさっさとこの場から退散しようという気が見え見えだった


「ええと……」


 とりあえず、この場に三人でいるのは居心地が悪い。何とかしてこの後の夕食を断る理由を探していると、退路を塞ごうと彼らは団結を始めた。


「先生、実は、今日の夕食を共にしようと言い始めたのには、理由があるんです。息子のことを話しましたが、実は」


「ここで話すことでもないだろう?先生、おいしいお寿司屋さんがあるんだ。そこに行ってから話すよ。REONAもそれでいいよね」


「もちろん、浩二さんの言う通りで問題ないです」


「私の意志は無視ですが」


 三人で行くことは、彼らの中で確定事項のようだ。くそ男はスマホで寿司屋の予約の確認をしているようだった。その横では嬉しそうにその男を見つめる女が一人いる。私の味方は一人もいなかった。



「プルルルルル」


「ハイ。深波?何、至急の用事?わかった。今、出版社の会議室で、ちょうど打ち合わせも終わったから、今からすぐに向かうわ」


 その時、ナイスなタイミングで電話がかかってきた。


「せっかく夕食に誘っていただいて申し訳ないですけど、急用ができまして。私はここで帰らせていただきます」


 妹の深波から、彼女の家にすぐに来て欲しいという連絡があった。理由は話してもらえなかったが、どうにも彼女は冷静さを失っているように感じた。電話の口調が荒々しく、私を気遣う余裕もなかった。家に呼ばれるということは、家族に何か重大なことが起こり、私の助けが必要ということだろうか。


 二人に断りを入れながら、荷物を肩にかけて、彼らの間を抜けて会議室から出て早足で駅まで向かう。家から出版社の距離は、電車二駅分である。急いで歩いていると、後ろから足音が聞こえ、私に追いつくと横に並び、声をかけられた。


「また、連絡、しても、いいか?あの日は、微妙な感じ、で別れた、から、きちんと、話し合い、たくて」


「私には話すことはありません。仕事の件はご協力感謝します。仕事の話しでしたら喜んで伺いますが、プライベートに関しては、赤の他人です。話しかけないでください。私はあなたの一ファンとして、適切な距離でいたいと思っています」


「どうして!僕はもっと先生と」


「浩二!いきなり、走り出して、どうしたの?あら、先生?」


「本気で急いでいますので、失礼します」


 くそ男の後ろから奥方まで追いかけてきた。このままでは埒が明かないので、一言挨拶して、全速力で駅に向かって走ることにした。普段からスニーカーを愛用し、ズボン着用が多い私の恰好は、逃げるのにうってつけだった。どんどん加速していき、後ろから彼らの声が聞こえたが、無視して走り続けていたら、そのうち、声が遠くなっていった。


「やっと、着いた。そして、ぎりぎりセーフ」


 ぜえぜえ、いい年した大人が、駆け込み乗車で電車に乗り込んだ。




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2024年10月31日 17:00
2024年11月1日 17:00
2024年11月2日 17:00

ラノベ作家と有名声優が犯した一夜の過ち 折原さゆみ @orihara192

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