第4話 あの男の息子

「それで、柚子との約束も守らずに、私に電話してきたんだ。お姉ちゃんは」


「だって、こんなやばすぎ案件。私一人で解決できるわけないでしょう?」


「まあね。でも、別にお姉ちゃんの家に、その子が行っても構わないんじゃないの?」


 柚子が帰ってから、すぐに私は妹の深波に連絡を取った。彼女には親には話さないで欲しい。沙頼さんにだから話すと言われていたが、そんなこと、守ってやれるような相談事ではなかった。


 このままでは何か、やばいことが起こりそうだと思った。しかし、私のそんな切羽詰まった様子を感じていないのか、それとも電話越しでは伝わらないのか、私の心情を理解していない妹である。柚子の好きな人、つまりあの男の息子と会えばいいとまで言ってくる。妹はこんなにも鬼畜な性格をしていただろうか。


「深波は、お姉ちゃんの味方じゃなかったの?」


「そりゃあ、私はお姉ちゃんの味方であるつもりだけど、それでも、私にとっての優先順位は、自分の子供が一番、その次がお姉ちゃん、その次が旦那なんだよ。ということは、この場合の一番は」


『柚子、だね(ですね)』


 私の生んだ子供であるのに、妹は迷いもせず、柚子の名前を口にした。そして、私の可愛い自分の娘の名前を言葉にした。見事に私たちはハモっていた。


 妹の回答を聞いて、少し安堵している自分がいた。子供が一番と言われてしまっては仕方ない。しかし、子供が一番というのはわかるが、私が二番目でいいものだろうか。自分でした質問なのに、妹のシスコンぶりに少し将来が心配になってしまう。そんな私の思いを知らずに、彼女は言葉を続ける。


「だから、お姉ちゃんの娘であり、今は私の娘の柚子の言うことの方が、私にとっては優先すべきことなの。それに、その子はお姉ちゃんたちの事情は知らないわけだし、柚子とその子は異母兄妹とはいえ、ぱっと見で兄妹とはわからないから、そこまで心配しなくても大丈夫でしょ。お姉ちゃんが過剰に気にしすぎだと思うよ」


「それが実は、そうもいかないことがありまして」


 妹の言い分も理解はできるが、私が過剰なだけではない気がする。深波に、柚子が言っていた、彼に対する印象を正直に伝えることにした。


「柚子が彼のことを……」


「……。柚子がその子のことが好き?」


「そうらしい。それに加えて、自分たちが似ているかもって。まあ、そのことについては運命だと思ってあきらめるとして。柚子はさらに……」


 私の話を聞いた彼女は、一瞬、黙り込んでしまった。さすがに状況が状況だとわかってもらえたと思い、どうにかできないか、電話の当初の内容を持ち出すことにした。


「ということで、もし、私の家に来るという話が出たら、さりげなく断ってくれないかな?もちろん、私からも家に呼ぶことを許可するつもりはないし、柚子の高校に行くつもりもない。ちゃんと、自分で予防するから、今回の件はよろしくおねがい」


「無理だね」


 途中で深波に言葉を遮られた。


「その子、お姉ちゃんの小説のファンでしょう?ファンが作者本人に会える機会があるというのに、応援しないわけにはいかない。それが、大事な娘の彼氏となりそうならなおさら」


「いや、彼氏って、まだ柚子の片思いかもしれないから。もしそうだとしても、それはやばいきがす」


「その辺は私に任せて頂戴!」



 結局、妹の深波に電話をして、今回の柚子の願いを却下しようと試みたが、私には柚子があの男の息子を連れてくることを拒むことは許されないらしい。


「私の小説が好きっていうのはうれしいけど、相手が」


 相手があの男の息子だと手放しには喜べない。はあとため息をつきながら、電話が終わり、画面が黒くなったスマホを見つめながら、私は彼が来た時に動揺せず、大人の女性、人気作家のふるまいを頭の中でシミュレーションすることにした。




 そのシミュレーションをするために、私は柚子からあるものを貸してもらった。


「入学式の写真を見せて欲しいんだけど、貸してもらえるかな。ほら、深波、柚子のお母さんは入学式に参加したみたいだけど、私は参加してないでしょ。だから、クラスにどんな子がいるのか気になって」


「いいけど、沙頼さん、もしかして、翔琉(かける)の顔が見たいだけでしょ」


「ぎくっ」


 どうやら、くだんの息子の名前は神永翔琉(かみながかける)というらしい。神永という苗字の時点でもう、あの男の息子確定だろう。さりげなく名前を教えてくれた柚子には感謝するべきだろうか。


 柚子の爆弾発言から数日後、私は彼女に入学式のクラス写真を見せて欲しいと頼んだ。まずはあの男の息子を見ても、動揺しないように、あらかじめその顔に慣れておこうと思っての発言だ。


「はあ」


 目の前で高校生にため息をつかれてしまう、大の大人がこの場にいた。そうは言っても、ここで引き下がるつもりはない。何とかして、彼の顔を会う前に拝んで、当日はスマートに対応したい。


「でもさ、ほら、私ってこう見えて、サイン会とかこなしているけど、どうにも人前に出るのが苦手で、せっかくその子が私に会っても、私がてんぱってしまったら、相手ががっかりすると思うの」


 あれから、あれよあれよという間に、私の家に彼の息子が来ることになってしまったのだ。会うことは決定事項なのだ。


「別に嫌とは言っていないでしょ。でもさ、お願いだから、翔琉をイケメン扱い、もしくはよい声とか言っちゃだめだよ。そのための予習をするのなら、貸してもいい」



「やっぱり、親に似て、イケメンでイケボなの?」


 反射的に柚子の言葉に答えてしまった。はっと口を押えたが、すでに後の祭りで、柚子に不審な顔で見つめられてしまう。


「ええと、ほら、そういうのって、親に遺伝していることが多いでしょ。お父さんがイケメンでイケボだと子供にも遺伝するのかなと。翔琉君は、それに加えて、歌もうまそうだよね」


「イケメンでイケボだったら、歌がうまいっていうのは偏見だと思うけど、それらが親の遺伝っていうのは、確かに理屈としてはあっているけど」


「それで、私って、実は面食いだから、はやく入学式の写真を見せて欲しいな。でもって、彼のプロフィールも詳しく教えてくれると、沙頼さんはさらにうれしい!特に、親のこととか、遺伝かどうかもそれで証明されることだし!」


「やけに翔琉の親に興味を示すんだね。まあ、無理もないか」


 なんだか、無理やり納得させてしまった感じになってしまったが、何とか、入学式の写真と彼に関する情報を私は手に入れることができた。彼と会う時のシミュレーションをより具体的にできることになったのだった。

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