第9話

ひとりで苦労を背負ってきた母に少しでも楽をさせたくて、私は高校を卒業してすぐ仲居として旅館で働き始めた。


家を出て旅館の寮に住んだのは、母にひとりの時間を楽しんでもらうため。


私に手をかけてきた時間を他のことに充てて、人生を謳歌してほしかったのだ。


お金を貯めて、母にちょっと高価な腕時計を買う。そして、母に感謝の気持ちを伝え、一緒に母が好きな苺のミルフィーユを食べる。


その目標を胸に抱きながら社会に出て半年が過ぎた頃、久しぶりに母とゆっくり会う約束をとりつけた。サプライズプレゼントも用意した。


母の仕事終わりに実家近くの最寄り駅で待ちあわせしたが、『急用で人に会うことになったからアパートに先に帰っていて』と仕事終わりの母から電話が来て、何の疑いも持たずにそうすることにした。


慣れ親しんだアパートで母の帰りを待ったが、母はその日帰って来なかった。


母の無事を祈ったが、それからしばらくして母は無残な姿で見つかる。


私の母は……。


──誰かの手によって殺された。


あれから五年が経つが、いまだに犯人は捕まっていない。


私の時間はあのときから止まったまま。消えることのない悲しみと憎しみ。


それでも私には守るべきものがある。私のもとに来てくれた、光り輝くひとつの星。


『星来』


私は母親として、ほんの一握りの希望を糧に生きている。

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