第5話
「せら、ばいきんばいばいする」
アパートに着くと、星来はスモッグを脱ぎ保育園バッグをホックにかけて、洗面室に走って行った。
お家に帰ったらまず手洗いうがい。それから家着に着替えて、夕飯を食べる。
これが星来の帰宅後のルーティンで、星来はそれを欠かさない。几帳面なところはきっと、あの人に似たのだろう。
頭に浮かんだ顔に胸の奥が少し疼く。それをかき消すように、一度深呼吸をしてから台所に向かい、夕飯の支度を始めた。
私が準備をしている間、星来は絵本に夢中だ。最近買ってあげた野菜の名前の本と、乗り物図鑑がお気に入りらしい。
「ママ、これパトカー。これ、きゅーきゅーしゃ」
「ちゃんと覚えていてすごい、すごい」
「せら、しゅごい!」
頬を緩ませる息子が愛おしい。素直で優しい息子は私の宝物。
「お待たせ。ご飯できたよ」
「ハンバーグ! ハンバーグ!」
「いただきます」の挨拶をしてから、ふたり並んで夕飯を食べだした。年季の入った2Kの間取りのアパート。
二階の角部屋が私たちの暮らす場所。星来が生まれてからずっと、親子ふたりの生活が続いている。いわゆるシングルマザーってやつだ。
ご飯を食べ終え一緒にお風呂に入り、狭いシングル布団の上で絵本を読み聞かせていると、いつの間にか星来が眠りについた。そっと星来の頬を撫でる。
私は父親の顔を知らない。母親もすでに他界しているので頼ることができないが、慎ましやかな生活を送っていれば、親子ふたり特に困ることはない。
と言いたいところだが、それは私の願望にすぎないのかもしれない。
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