第4話 笛の音

 吊り橋の向こうで田熊が声を張り上げると、マサカリの表情が一瞬だけ驚きに変わったが、すぐに不敵な笑みに戻った。


「よくもここまでたどり着いたな、田熊さん。だが、ここから先は死ぬ覚悟がなけりゃ進めないぜ」とマサカリが言い、背後に控えていた部下たちが一斉に武器を構えた。


「狗飼、機捜隊に援護射撃のタイミングを伝えろ」と田熊が指示を出す。狗飼は無線で状況を報告し、指示を飛ばした。その時、吊り橋の上から笛の音が響き渡る。どこか不気味で冷たいその音は、森全体を支配し、緊張感を一層高めた。


「マサカリ、その音は一体なんだ?」田熊が叫ぶ。マサカリは薄笑いを浮かべたまま、田熊をじっと見つめる。「この音が聞こえるってことは、あんたももう終わりだ。俺の仲間、イワノフが二階で待っている。あんたら、逃げ場はねえぞ」


「イワノフだと?裏カジノのロシア人ディーラーだった男か?」田熊の脳裏に、石橋蓮司のような冷徹な顔立ちのイワノフの姿が浮かぶ。彼はかつて東京の裏カジノでノイローゼ気味に仕事をしていたが、マサカリと手を組んでからは武器密輸の仕事に転身したという噂があった。


 狗飼が小声で田熊に耳打ちした。「田熊さん、これは絶体絶命の状況です」


 田熊は心を落ち着け、冷静に行動を考え始めた。「ここは全てをかける場面だ」と自分に言い聞かせる。


「逃げ場がないだと?」田熊は声を張り上げ、「あんたの仲間がどこにいても、俺は進む。お前たちがこの場所を支配してると思ってるなら、大間違いだ!」


 マサカリの笑みが少しだけ消え、目が鋭くなる。「そんな口を利く余裕があるとはな。だが、ここまで来たことを後悔させてやる!」


 その瞬間、犬のような吠え声が響き渡る。田熊は一瞬振り返り、緊張感が増した。


 田熊は吠え声の正体を知る由もなかったが、その音が敵の襲来を告げていることは確かだった。心の中で警報が鳴り響く。


「狗飼、注意しろ!敵が来る!」田熊は叫びながら、周囲を警戒した。後ろからマサカリの部下たちが迫ってくる気配を感じ取る。


 マサカリは冷酷な笑みを崩さず、「さあ、全員、田熊を囲め!」と命じると、部下たちが一斉に動き出した。銃口が向けられ、緊張感が高まる。


「田熊さん、こちらに!」狗飼が指示を出し、田熊は全速力で彼の方へと駆け寄る。二人は背中を合わせ、周囲の敵に目を光らせた。


「今、何か策はあるのか?」狗飼が息を切らしながら尋ねる。田熊は一瞬考えた。


「イワノフの存在を利用する。あいつのことを知っているんだろう?もしこちらから手を打てば、彼は必ず動くはずだ」と田熊が答える。


「でも、どうやって?」狗飼が不安げに言う。


 田熊は周囲を見回し、吊り橋の構造を思い出した。「この橋を利用して、敵を引き寄せるんだ。あいつらをここに集めて、反撃のチャンスを作る!」


 田熊は急いで行動を起こした。近くにあった石を手に取り、敵に向かって投げつける。「こっちだ!全員、ここに来い!」と叫ぶと、石は橋の端で音を立てて弾け、敵の注意を引いた。


 マサカリは田熊の声を聞きつけ、「おい、あいつを追え!無駄にするな!」と叫ぶ。


 田熊はその隙を突いて、銃を構えた。敵が集中している方向を見定め、引き金を引く。「これが俺の勝機だ!」


 弾丸が一発、また一発と命中し、敵が慌てふためく。狗飼もその隙をついて、別の方向から銃を撃った。敵の一部が混乱し、マサカリの指揮が乱れ始める。


「田熊、今がチャンスだ!イワノフのところへ行こう!」狗飼が叫ぶ。


 田熊は頷き、二人は橋を駆け抜けた。迫り来る敵の銃撃をかわしながら、彼らはついに橋の中央までたどり着いた。


「イワノフの待っている場所はこの先だ。準備はいいか?」田熊は緊張感を高めつつ、狗飼に問いかけた。


「行きましょう!」狗飼は決意を持って答える。


 二人は最後の一歩を踏み出し、橋の先へと進んだ。イワノフが待つ場所には、予想以上の危険が潜んでいることを二人はまだ知らなかった。


 だが、田熊はこの瞬間に全てを賭ける決意を固めていた。彼は心の中で叫ぶ。「絶対に負けない!」


 進むにつれ、冷たい風が吹き抜ける。その風は、彼の運命を告げるかのように、心の奥まで凍りつかせた。




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