第2話 吊り橋

 秋田の山中での捜査を終えた田熊刑事は、ふと立ち寄った小さな喫茶店で同僚の狗飼いぬかい刑事と情報交換をしていた。狗飼は情報収集と分析のエキスパートで、田熊の捜査の片腕として度々助けている。


「狗飼、この事件、どうもただの密売じゃない気がしてな」と田熊がコーヒーを飲みながら言う。

「田熊さん、俺もそう思ってます。被害者が書き残した“山に行けば自由に呼吸ができる”というメッセージ、どう解釈します?」狗飼はメモ帳を見ながら首を傾げた。


 田熊は腕を組みながら考え込む。「メッセージは暗号かもしれん。単に登山の比喩とは思えない…だが、そこにどう柴田勝家が絡む?」


「柴田勝家、戦国武将として有名ですけど、なぜ突然ここで?」狗飼も不思議そうに聞く。


「実は、地元の郷土史家である石橋さんが、山奥にある吊り橋の近くに柴田勝家が隠したという秘宝の伝説を追っていたらしいんだ。その吊り橋の周辺で妙に出入りが多いことにも気づいていて、そこで被害者も目撃されている」


 狗飼がメモに追加しながら尋ねた。「…つまり、吊り橋が何らかのカギを握っている?それとも、この伝説を利用した組織の企み?」


 田熊は頷きつつ続けた。「石橋さんは最近、自分が執筆している小説の取材と称してこの山奥に頻繁に通ってた。それであの密売人マサカリとも接触していたと見られる。どうやら“柴田勝家の秘宝”というのは単なる噂ではなさそうだ」


 その時、無線機から機捜隊の音が入り、狗飼が素早く応答する。「狗飼、応答。どうした?」


『こちら機捜隊、吊り橋付近で怪しい動きが確認されました。援護射撃の要請があれば対応します』


「了解だ。田熊さん、現場に向かいましょう」狗飼が身支度を整えながら声をかけた。


 田熊は重々しく頷いた。「よし、行こう。吊り橋が鍵なら、そこで何かが起こるかもしれん」


 二人は急いで山道を登り、吊り橋へと向かった。薄暗い森の中、彼らの足音が枯れ葉を踏む音と混じり、徐々に不気味な静けさが周囲を包み始める。


 吊り橋の手前で待機する機捜隊が静かに合図を送り、狗飼と田熊もその場に身を潜めた。しばらくすると、橋の向こう側から人影が現れた。暗闇の中、マサカリの姿が浮かび上がる。


「狗飼、狙撃の準備を頼む。機捜隊に援護射撃を頼むぞ」田熊が低い声で指示を出すと、狗飼は無線で指示を飛ばした。


「…どうやら、やつが現れたな。計画通りにいけば、ここで捕らえられるはずだ」狗飼が少し緊張した表情を浮かべて言った。


 橋の向こうで、マサカリは怪しげに笑みを浮かべ、背後に控えている手下たちを呼び寄せた。


「この山の空気、最高だな。自由に呼吸ができるってのはこういうことか…」と、彼は被害者のメッセージをなぞらえるように呟いた。


「自由に呼吸させてもらえるのも今のうちだぞ、マサカリ!」田熊が声を張り上げ、意を決して姿を現した。


 

 遺体の身元は、秋田市出身の若い男性、川島雄介であることが判明した。彼は地元の工場で働く一方、裏では密かに武器取引に関わっていたとの噂があり、以前から組織犯罪対策部にマークされていた人物だった。川島の友人たちも捜査対象となり、彼の身辺を洗い出す中で、彼がマサカリの組織に近づいていた理由が次第に浮かび上がってきた。


 川島は友人の借金を肩代わりするために、違法な取引に関わり始めたという。マサカリは、彼に武器の運搬をさせる代わりに報酬を支払い、次第に彼を手下のように扱うようになっていた。川島が「山に行けば自由に呼吸ができる」というメッセージを残したのは、マサカリに操られていた彼の苦悩と、逃避への渇望を示していたのかもしれない。


 事件が解決した後、田熊は秋田の山間部にひっそりと存在していたこの組織の闇に触れたことで、自分が背負うべき使命の重さを改めて痛感した。



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