山に暮らす身寄りのない少女が罠にかかった鶴を助けたら、高身長姫カット妖艶未亡人系美女に押しかけられる話

もこもこ毛玉カーニバル!

第1話

 ざくざくと雪を踏みしめていると、甲高い鳴き声のようなものが聞こえて、少女は三つ編みのおさげを揺らしながら顔をあげる。

 久しぶりの晴れた冬の空だ。澄み切った空気にその声はよく響く。

 ちょうど自身の家のある方角でもあったし、山の麓で買ってきた食料を抱え直すと鳴き声が聞こえた方角へと少女は向かっていく。

 産まれた時から住んでいるこの山は、少女にとってはもう家でもあり、庭でもあった。

 歩いている最中、その甲高い声は何度も聞こえてくる。それは苦しんでいるようにも、怒っているようにも聞こえた。

 しばらく歩いていると、その声の出所を見つけて少女は目を丸くする。

 そこにいたのは雪の大地に羽を広げて身体を横たえている大きな鶴であった。

 少女が今まで見たことのある鶴よりも一回り以上は大きく、純白の翼を広げたら小柄な少女のことなどすっぽりと覆い隠してしまうだろう。

 普段は群れで暮らしている彼らがこんなところにいるなんて珍しい、そう思いながら鶴の身体に目をやると、その足元にある雪が赤く汚れていて、少女はぎょっとする。

「……おめ捕まってしまったのが?」

 鶴の足には金属でできた狩猟用の罠がかかっていた。大方、ウサギや鹿を取るものだったのだろう。

 細い足を食いちぎらんとばかりに絡みつくそれに、鶴は苦悶の声をあげていたのだ。

 少女の姿を認識した鶴は警戒して翼をはためかせ、こちらを睨みつけるように見てくるが、その力は弱弱しく、何度か翼を動かしてすぐにまた静かになる。

 その鳴き声も徐々にか細くなるばかりで、目の前の鶴がだいぶ体力を失っているのは明白であった。

 それをしばし見つめてから、少女は雪の上に荷を下ろす。

「……待ってな、今助げでけるがら」

 小さな声でそう言って、恐る恐る鶴のところへと近づく。

 驚いた鶴は少女から逃れようとするが、罠にかかった足ではそうもいかない。

 できるだけ翼を広げて、来るなといわんばかりに声をあげながら今にも攻撃してきそうな鶴に委縮しながらも、すばやくその足に食い込む罠に手を伸ばし、ぐっと力を入れる。

 父親が生きていた頃、使っていたものと同じであったそれの使い方はよくわかる。

「ほら、もう大丈夫だんてね」

 いとも簡単に罠は解かれ、解放された鶴は、地面に身体を横たえたまま、自分の身体と少女のことを交互に見ていた。

 その様子がなんだか人間臭くて、少女は微笑みながら手を払う。

 そしてああそうだ、と思いつき、地面に置いた荷物の中から布の切れ端と、小袋に入った麦を少女は取り出す。

 両方とも偶然今日買ってきたものだ。

「これでも食いな」

 ちょうどよかったと思いながら少女が小袋の中に入っていた麦をぱらぱらと鶴の目の前に巻いてやれば、鶴はしばし迷ったものの、それをがっつくように食べ始める。

 よほど空腹であったらしい。それを食べている間に、布を小さく千切り、出血している鶴の足にそっと巻いてやった。

「じゃあおらはもうえぐがらよ」

 少女は立ち上がると、荷物を抱え直す。

 こんなに美しく見事な鶴をあのままにしておくことは少女にはできなかった。

 叶うのであれば、元気になったこの鶴が大空を羽ばたくさまをこの目で見たいものだ、そんなことを思いながら家の方へと歩き出す。

「元気でなー」

 そう最後に言いながら去っていく少女の姿を、鶴はじっと見つめていた。


   ***


 山の天気は変わりやすい。

 昼間はあれほど晴れ渡っていたというのに、日が暮れる頃からまた雪が降り始め、それは徐々に激しくなっていく。

 小さな家の囲炉裏の火に手を寄せながら、少女はふう、と息をついた。

 昼間に色々必要なものを買えてよかった、この状態だと次はいつになることやら。

 そんなことを思いながら熱いお茶を淹れる。


 ──そういえば、あの鶴は無事さ仲間のどごろに帰れだべが。


 普段は集団で暮らす鳥たちだ。経緯はわからないが、あんな場所で一羽はぐれていたなんて心細かったし怖かっただろう。

 そう思うと、両親を既に亡くし、この山で一人暮らす少女にとっては他人事のように思えず、親近感のような意識を感じてしまうのだ。

 明日晴れたらあの場所にまた行ってみよう、そう思いながら少女が一口お茶を啜ると、扉がかたかたと揺れた気がした。

 風の音か、と気にも留めずにいたが、その音は止まらない。

 その音は扉を叩いているかのようであった。

「……?」

 こんな夜更けに誰かが来たのか、そう考えて少女は警戒する。

 ただでさえこの時期のこの山に入ってくる人などほとんどいない上に、こんな雪だ。

 まさか熊か何かでは、そう考えて、部屋の中にある武器になりそうなものに目を向けたときだった。

「ごめんください」

 高い、よく通る声が扉の向こうから聞こえた。

 それは間違いなく、人間の、おそらく若い女の声。

「雪の中、迷ってしまったのです。どうかここを開けてはくださいませんか」

 どうしてこんな場所に若い女が、そう思わないわけでもなかったが、扉を叩く音は鳴りやまない。

「どうか、どうか、怪しい者ではございません。今にも凍えてしまいそうなのです」

 その声があまりにも哀れっぽく、黙っていた少女は堪えかねてそっと扉へと近づく。

 恐ろしかったが、家の前で誰かが凍死するほうがよほど嫌であったし、道に迷ったという女を見捨てられるほど、少女は鬼にはなれなかった。

「ど、どぢらさまだべが……?」

 恐る恐る扉を小さく開けて、少女は扉の前にどんな人物がいるのかを確認しようとして、その場に腰を抜かしそうになった。

「あぁ、ありがとうございます。どうか哀れなこの女をお助けくださいまし……」

 少女の姿を見て、嬉しそうに顔を綻ばせたのは、見上げるほどに背がとても高く、そして美しい女であった。

 女は頭のてっぺん辺りに赤い印の入った白い頭巾をかぶっていて、そこから溢れるほどに長く切りそろえられた艶のある黒髪を風に揺らしていた。

 泣きぼくろのある黒目がちの瞳が小さな少女を見下ろしている。

「あなたのような心優しく美しい方に出逢えて本当に嬉しく思います、きっとこれも何かの運命……。あぁ、ええと……わたくしのことはおつるとでもお呼びください」

 女は瞬きすらせず、少女のことをまるで目に焼き付けるかのようにじっと見つめる。

 その頬はどこか興奮したようにうっすらと赤くなっていて、鮮やかな深紅の紅が引かれた唇が弧を描き、それがなんともいえない色気を醸し出していた。

 そんな様子に、なぜか背中に冷や汗が伝うのが少女にはわかった。

「えと、お、おつる、さん?」

「はい、身寄りもなく、あなたさまの元にお世話になりたく思っております。どうか末永くよろしくお願いいたします」

 おつる、と名乗った女は、まるで嫁ぎ先に挨拶をするかのように深々と頭を下げる。

 まるで一晩ではなく、ずっとここにいる、といわんばかりの言いぐさに気のせいかと思いながらも、少女はたじたじになりながらなんとか突然現れた見知らぬ美女に言葉を紡ぐ。

「ええど、あの、こんた雪の日さ大変だね。でも雪っこ止んだら山の麓にこごよりもっと裕福なえがあるがらそっちに案内して──」

「いえ、ここが、いいのです」

 途端、メキッ、と何かが割れるような音がして、少女はそちらへ目を向ける。

 そして小さく悲鳴をあげそうになるのを必死で堪えた。

「ここでなくてはいけません。ええ、そうです。だって、ほかならぬあなたさまがいらっしゃるのだから……御傍にいさせていただきたいのです」

 

 ──家の扉に、女の指がめり込んでいた。


 古い家ではあるが、それなりにしっかりとした造りをしていると少女は思っていた。

 だが、そんな家の扉にめき、めき、と鈍い音を立てながら、まるで白魚のように細いおつるの指がまるで藁でも握るかのように、木でできた扉へ食い込んでいく。

 驚きのあまり、その場で尻もちをついた少女を見つめたまま、おつるは一歩前に進む。

「あなたさまのためなら、わたくしはなんでもいたしますよ? 魚を捕まえるのも得意ですし、雛の面倒もよく見ます。寝床を作るのも朝飯前ですし、群れの中では誰よりも一途だという自負しております。まあ、もうあんなものたちのことなどどうでもよいですが」

 おつるは扉を掴んでいない方の手を自分の胸元に手を当てて、すらすらと自信ありげにそのまま話を続ける。

 この山に住んでいる少女はほとんど人と関わる機会がない。それこそ、晴れた日に山の麓まで下りた時に買い物するときぐらいだ。

 だが、それくらいしか人と関わらない少女でも、目の前の美しい女は細身でありながらそこらへんにいる男よりも背が高い。

 そんなおつるは、少女の目の前にしゃがみこむと、眉を八の字にして、哀れっぽい表情を浮かべる。

「こんな哀れな女を追い出すような真似、あなたさまはいたしませんよね?」

 おつるはそう言いながら後ろに視線を一瞬向ける。

 そこは先ほどよりも酷くなり、最早吹雪のようになってる外の光景があった。

 こんな雪の中に人を放りだせば、すぐに凍えて死んでしまうことは明白であった。

「え、ええど……ええど……」

 少女はおつるにつられるように外の光景を見た後、自分をじっと熱っぽい瞳で見つめてくる黒目がちの瞳から逃れるように視線をおつるの足元へと向ける。

 そうすると、おつるの纏っている白い着物の裾から足が覗き、そこに布の切れ端のようなものが巻かれているがちらりと見えた。


 ──それはちょうど今日の昼間助けた鶴の足に巻いてやったものと、よく似ている。


「ほら、今日は特に冷えますでしょう? 人肌で寄り添うと暖まると聞きました。さ、わたくしのことを存分に使ってくださいな。他にも、あなたさまが望むのであればなんなりとお申し付けくださいまし」

 頭巾の下からおつるの髪の毛がさらさらと落ちて、少女の顔に影を作る。

 おつるは手を伸ばすと、少女の頬にそっと触れて、指先で柔らかな肌を何度も撫でる。

「ね、どうか何卒……」

 どこかじっとりとしたその声は、吹雪の外とは対照的に、まるで熱をもっているかのようであった。

 黒い瞳の中に、困惑した表情の少女の顔だけが映っている。

 その声には、決して否、とは言わせない圧力のようなものがあった。

 このままでは「はい」というまでこの女は引き下がることはないだろう。そんなことが少女には感じ取れた。

「あ、わ、わがった。わがったがら……じゃ、じゃあ、とりあえず中さ、入って……」

 そんなおつるの圧に根負けして、寒さのせいではない身体に震えを止めるように、少女は身体をその場で縮こまらせながらぶんぶんと何度も頷く。

 そんな少女の様子を見て、おつるはぱぁっと顔を輝かせて笑みを深くすると、どこかもじもじと恥ずかしそうな仕草で、先ほど自身の指を喰い込ませた扉を指でなぞる。


「──えぇ、今後ともどうぞよろしくお願いいたしますね。あなたさま♡」


 そして、ぱたん、と扉が静かに閉まる音がした。

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