ルタの温かい体温と大きな背中に私は安心してうとうとと微睡んでいたらしい。

「ヤヌ。走るからちゃんと掴まっておけ」

 ルタの切羽詰まった言葉に、私ははっと目を覚ましてルタに回す手に力を込めた。ルタの体が硬い。

「何かあったの?」

「何かケモノの気配がする。イノシシならまだいいが、オオカミならちょっとやっかいだな」

 ホーホーとフクロウが鳴く声しか私には聞こえない。

「ねえ、でもオオカミなら走ったら追われるんじゃない?」

「だが止まっていて囲まれる方が恐い」

 そうだ。オオカミは群れで狩りをすることが多い。

「ねえ、木に登ったら?」

「その手があったか」

 私たちは比較的太い大きな木を探して、私はルタに押してもらいながら、ルタは自分で木によじ登った。本当は早く森を抜けないといけないのに。気持ちは焦るけれど、息を殺して待つしかない。

 ルタはしきりに下を見回している。私も真似して目を凝らした。

 灰色の何かが走っているのが見えた。

「オオカミだな。一匹か」

 ルタは言って。

「そうか。もしかすると」と私の足の裏を見た。

「血のにおいがするからかもしれない」

 ルタは私をくるんでいた布を引き裂き、私の血をぬぐってできるだけ遠くに投げた。そして、私の足に布を巻き付けた。

 オオカミは間近に迫っていた。ルタは腰に下げていた袋から何かを取り出した。よく見ると吹き矢だった。

 オオカミはルタが投げた布の方に鼻を地面につけるようにして嗅ぎながら近づいて行っている。一分が永遠にも感じられた。オオカミは布にたどり着き、においをしきりに嗅いでいた。そして、獲物ではないと分かったのか、そのあたりをうろうろとし出した。ルタは吹き矢を構えてそっとオオカミの方に身を乗り出す。

 ひゅっ。

 風を切る音。

「キャン!」

 オオカミの甲高い鳴き声が暗闇に響いた。ルタはもう一度吹き矢の矢を筒に入れて放った。

「キャン! キャキャン!」

 痛いのだろう。オオカミは身体を左右に振りながら、刺さっている何かをとろうとしているようだった。だがそれは抜けなかった。そして。オオカミの動きが段々と鈍くなっていく。

「毒?」

「いや、毒ではない。ただ、眠るだけだ」

 オオカミはやがて静かになった。

 私たちは急いで木から滑り下り、先へと急いだ。

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