背中

 はあはあ。

 自分の呼吸音がうるさい。

 ルタは私より身長がかなり高い分、歩幅が大きい。ついていくのはかなり至難の業だった。

「ヤヌ」

 ルタが振り返る。

「少し休むか?」

 私は「大丈夫」と首を振る。今のところ背後から誰かが来る様子はない。けれど、いつ気付かれて追ってくるかわからない。だから一刻も早く遠くへ逃げないと。


 パキパキと落ちている小枝や葉を踏む音が呼吸音と共に響く。この森はいつになったら終わるのだろう。村で暮らしていたときは男は動物を狩るとき、女は木の実を拾うときぐらいしか森へは入らなかった。森は広い。迷って帰れなくなると厄介だから、いつも年上の人と何人かで印をつけながら進んでいたのを覚えてる。ルタは黙々と進んでいくけれど、方向は合っているのか少し不安になる。

「ルタ。見張りの人はどうしたの?」

 私は気を紛らわせるようにルタに話しかけるた。

「背後から首に手刀を入れた。殺してはいない」

「そう。かなり強い人だったと思うけれど、ルタは怖くなかったの?」

 ルタは私を振り返った。

「怖かったさ。それでも決めていたことだ。ヤヌが花嫁になるならさらいに行くと」

 私は胸がいっぱいになって、言葉を返せなかった。


「ヤヌ。お前は裸足だ。それに俺の方が歩くのが早い。先ほどから息が切れてる。俺の背中に乗れ」

 ルタに言われて、私は自分の足の裏を見た。確かに森の中を裸足で歩いるため血がかなり出ていた。人は切羽詰まると痛みを感じないのかもしれない。

「でも、ルタ。私をおぶさったら速度が落ちない?」

 ルタは笑った。

「ヤヌは小さい。おぶったところでそんなに変わらない。ほら」 

 ルタが屈む。私は甘えることにした。

 ルタの背中は大きくて暖かい。私より二歳年上のルタは、小さなころは私と変わらなかったのに、村の中でも背の高い男に育った。頼もしいという言葉がぴったり当てはまる。

 私はルタの背に体重を預けながら、木々から見える空を見た。まだ暗い。今は何刻だろう。朝になれば私が天幕にいないことに気付かれる。ルタの体温を感じながらずっと夜が明けなければいいのにと思った。

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