第6話 そうしたかったんだ
新人歓迎会の日がやってきた。
手配も幹事も、もちろん近藤だ。本当に仕事ができるやつだ。今井さんの事以外。
「では、新入社員の入社を祝して乾杯!」
「乾杯!」
という乾杯の掛け声で、歓迎会が始まった。
俺は、部下たちと話を始める。
あまりこういうのは気乗りがしないのだが、新人がお酌に来るのを待っていた。
コミュニケーションがとりたいのなら、自分が動けばいいのだが、
『それじゃ貫禄がありません』と、部下たちに言われてしまうのだ。
最近の子は、飲み会自体がいやな事が多い。
新人歓迎会も欠席されるかな?と思ったが、全員参加してくれて、ちゃんと企画して良かったと思っている。
「部長、いかがですか?」
今井さんだ。もちろんお酌を受ける。
「どうだい、ちゃんと飲んでいるか?」
と聞くと、
「はい、頂いています。今日は色々な方とお話しできて嬉しいです」
と、言ってくれたので、ニコニコしてしまう。
それを聞いていた部下たちは、
「僕たちにもお酌して!部長ばっかりずるいですよ」
と、抗議してきた。野郎ばかりなので、かわいい新人に構いたいのだろう。
今井さんは嫌な顔をせず、
「今井です。よろしくお願いします」
と挨拶している。
「誰に教わっているの?」
と、野郎の一人が声をかけた。
今井さんは、ニコニコして、
「近藤さんと、部長です」
と、答えた。
すると、
「え、厳しくない?俺たちの時、めちゃくちゃ厳しかったんだけど」
と、部下一同驚いている。
今井さんは、部下の反応にちょっとびくびくして、
「大丈夫です。お二人とも優しく教えてくださいます」
と、返事をしていた。
すると、部下たちは、俺に、
「部長。何で今井さんには優しいんですか?僕たちの事も優しくしてくださいよ!」
と、抗議してくる。
「出来の悪い奴らに優しくする義理はない」
と突き放した。
「酷い、、、」部下一同、半泣きだ。
そんなカオスの中、近藤がやってきた。
部下たちは、
「近藤さん。部長が今井さんに優しいんですよ。ずるくないですか?
近藤さんも僕たちには厳しかったのに」
と、近藤に助けを求める。
近藤も同じように、
「出来の悪い奴らに優しくしてやる義理はない」
と言って突き放していた。
部下たちは、絶望している。
「という事は、今井さん、とても優秀なんですね」
近藤と俺は、
「ああ、優秀だ」
とだけ簡単に答えた。
俺も、多分近藤も、正直言って、お前らもそう変わらず優秀だったよ、と思っているが、言うと調子に乗るので、黙っている。
にしても、お前ら、今井さんに構いすぎないか?と、思っても、部下たちが喜んでいるから、まあいいかと許してしまう。
俺にとっては、慕ってくれる大切な部下だしな。
「2次会に行く人!」
部下の一人が音頭を取った。
俺は、2次会までなら参加する。3次会以降は、女の子のお店に行きたがるので、お金だけ渡して、俺は逃げる。
そういうお店は苦手だ。
今井さんを見ると、『どうしようかな』という顔をしている。
多分新人だから、行かないといけないのかな?と、困惑している様だ。
助け舟を出さないと。
「今井さん、駅まで送るよ。お前ら店が決まったら連絡くれ」
と、言ったら、部下一同、
「部長、お店にたどり着けるんですか!」
と、すごい剣幕だ。
「方向音痴の部長は、迷うと思うんですが」
と、痛いところを突いてくる。
そう。俺は怒涛の方向音痴なのだ。ナビがないとどこにも行けない。
スマホでルート案内しても、スマホをぐるぐる回してしまう。
「俺が一緒について行くよ」
近藤は、ため息をついて、俺に助け舟を出した。
「近藤さんが一緒なら大丈夫ですね。待ってますからね」
俺とは信用度が違う。
俺と近藤は、無事今井さんを駅まで送り、2次会に合流した。
近藤は、
「お前優秀なのに、こういうところ、本当にポンコツだよな」
と、俺に向かってため息をついた。
近藤と俺で今井さんの面倒をみる日々を送っている。
近藤は、俺が今井さんに声をかけると、明らかに嫌そうだ。
俺は、近藤が今井さんに手を出さないか、不安で不安で仕方がない。
予防を行おう。
今井さんの後ろに立ち、教えるふりをして、画面を指さす。
そうすると、今井さんは振り返る。
普通の反応だ。
そこに、さっと俺は唇を当てる。本当に『触ってしまった』という感じに。
もちろん今井さんは真っ赤だ。
俺は、びっくりしたように、
「本当にすまない。偶然とは言え、嫌な思いをさせてしまったな。気にしないで、とは言わないが、できれば忘れてほしい」
と、しどろもどろに弁明する。
本当は、狙っていたんだけどね。
こんな事をするのは造作もない。
近藤は真っ青だ。
恋多き男が泥沼にはまるときは、女が悪いわけじゃない。近藤が執着するからだ。
なので、近藤が手を出さないか不安だ。もう尻ぬぐいはしたくない。
近藤は、明らかに今井さんに恋をしている。
だから予防だ。
近藤は俺を給湯室にしょっ引いていく。
「なんてことをしてくれたんだ!」
と、怒っている。
俺は、意にも介さず、近藤に、
「お前が今井さんを好きだからだよ。泥沼確定だ。婚約者がいるって、新人歓迎会の時に言っていただろう」
と冷たく言い放つ。
そう、彼女には婚約者がいるのだ。
そんな彼女に、偶然のふりをしてあんなことをするのは、予防だとしても罪深いのはわかっている。
でも、そうしたかった。
近藤は俺に言い返せない。ただ、
「俺へのけん制は、他の方法でやってくれ……に、してもお前も泥沼確定だよ」
俺が、泥沼?ありえない。
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