第4話 有能な新人はしっかり面倒をみなくては

2週間ほどたった。

近藤は、今井さんに色々教えている。

自分のリーダーとの仕事とのやりくりは、俺から見ても申し分ない。

「今井さん、どう?仕事には慣れてきた?」

と彼女に声をかけると、近藤は、

「まだ2週間ですよ。まだ慣れるには早いですよ、ね、今井さん」

とフォローしてきた。

今井さんは、少し赤くなりながら、

「いえ、近藤さんが上手に教えてくださるので、少しずつですが、慣れてきたような気がします」

と、明るい声で返してくれたので、

「よかった。この調子で頑張ってな」

と、激励する。

俺は嬉しくなって、

「近藤、よかったな。教えがいがあるだろう」

と、一応近藤をほめた。

近藤は照れくさくなったのか、

「そりゃ、何人も教えてきたからな。でも、部長が言う通り、今井さんは教えがいがありますね」

と、そっぽを向いて答えた。


もう1週間たった。

近藤は、ずっと面倒を見ている。どれくらい進んだかな?と思い、

「今井さん、どう?仕事には慣れてきた?」

と聞くと、彼女ではなく近藤が、

「少し慣れてきたよね。もう1本プログラムが書き終わるし」

と、相変わらず、のらりくらりと報告してくれる。

実は、毎日今井さんから、新人必須の報告書をもらっている。

俺は、報告書通りに進んでいるか、確認する必要があるのだ。

なので、そろそろ1本目のプログラミングが終わるのも知っていた。

新人で、色々教わりながら書くので、上達は早い方だろう。

センスがないと、1か月たっても書きあがらない奴もいる。

「近藤、このペースで教えてやってくれ。今井さん、頑張っているんだね」

と、近藤と今井さんに話しかけると、

近藤は、締まりのない声で、

「了解~」と返事をしてくる。

今井さんは、

「はい!頑張ります!」

と、気合が入った声で、返してくれた。

この調子だと、仕事には慣れてきているのだろう。

「大分仕事にも慣れてきたようだね。なにかあったら僕にも聞いて」

と、続けて声をかける。

「はい、ありがとうございます」

今度は嬉しそうな声を聞かせてくれた。


3日たった。

俺は、進み具合が気になって、

「今井さん、どう?仕事には慣れてきた?」

と声をかける。

すると近藤が、

「3日で変わる訳がないだろう」

とため息をついた。

新人だぞ。1日で、大きく変わる。

その事を近藤に言うと、

「そうですが、部長は気にしすぎです。やりづらくって仕方ないんですけど」

と、苦情を言ってきた。俺は無視して、

「そっか。で今井さん、どう?」

と、今井さんに話を振る。

彼女は、

「本当に覚える事がいっぱいで、毎日が大変です」

と、報告してくれた。

俺は、そんな今井さんに、

「わからない事があったら、遠慮なく聞いて。

ところで、毎日の報告書はどう?

大変だろうけど、今井さんは文章が上手だから、今の調子で報告してほしい」

今井さんは今日も気合の入った顔で

「はい。報告書、褒めていただいて嬉しいです。なにかありましたら質問させて頂きますので、その時はよろしくお願いします」

と、今度は俺が嬉しくなる言葉を言ってくれた。


翌日。

俺は、進み具合が気になって、

「今井さん、どう?仕事には慣れてきた?」

と声をかけた。

すると近藤が、

「いい加減にしてください。部長。

ああ、もう、進み具合を言いますと、今日からテストです」

もちろん、プログラムを書いたら、そのプログラムが正常に動くかテストをする必要がある。

俺は迷惑そうな近藤に、

「ほら、1日で変わるじゃないか」

と、それ見たことかと突き放し、今井さんには、

「とうとうテストか。順調に進んでいる様だね。テストは難しいし、コツがあるから、近藤にしっかり教えてもらってほしい」

と、声をかける。

今井さんは、

「テストは緊張しますが、近藤さんに色々教わりながらできる様になりたいです」

と、今日も気合の入った声で返事をしてくれた。

「じゃ、分からない事があったら、僕に聞いて」

と、今日も同じ声をかける。

今井さんは『はい』と返事をした。

でも、今まで俺に教わりに来たことがない。近藤の教え方も上手いのだろうが、

「遠慮しなくていいから」

と言うと、近藤が、

「部長の所に聞きに行かなくてもいいように、僕がしっかり教えるから大丈夫ですよ」

と、苦虫をすりつぶしたような、顔と声で俺に言葉を投げつけた。


翌日。

今度は、今井さんに、

「同期とは上手くやってる?」

と、聞いてみた。

近藤は、今井さんの所にやってきた俺を見て、

「部長。そんなに毎日話に来なくたっていいですよ」

とため息をつく。

「いや、同期との付き合いは大事だそ。僕と近藤みたいになったら大変だ」

と、近藤に仕返しすると、

「部長。今井さんの前でそれを言いますか」

と、またため息をつかれた。

俺たちの様子をみた、今井さんは驚いて、

「え、部長と近藤さん、同期なんですか」

と、ためらいがちに言ってくる。

俺は、

「実はそうなんだ。近藤は昇進を断る変な奴なんだよ。

ところで、どう?同期とは」

今井さんは、未だ驚きを隠せない顔で、

「同期とは連絡を取り合い、毎日いろいろな事を話しています。

みんな大変だけど、やりがいがあるよね、と言っています」

と、答えてくれた。

やりがいがあるって、同期が言っているという事は、みな順調に進んでいるのだろう。

一方近藤は、

「変な奴って……反論できないけどさ」

と、ぶつぶつ言っていた。


午後。

俺は、進み具合が気になって、

「今井さん、どう?仕事には慣れてきた?」

と声をかけた。

「もう本当にやめてください!管理の作業はどうしたんですか!明日は品質報告会ですよね!僕たちを構っている暇はないんじゃないですか?」

と、近藤は悲鳴のような声を俺にかけてくる。

大丈夫。俺は管理の仕事も両立している。

「近藤が心配する事ではない。もうレポートは出来ている」

品質報告は、定期的に顧客に行わなくてはならず、そのためにレポートを書かなくてはいけない。

「え、今日の朝、品質の基礎データ渡したばかりですよね!」

近藤は慌てて、俺に確認してきた。

「こんなものは2~3時間もあれば書ける」

俺にとっては造作もない事だ。

近藤は引き下がらない。

「じゃ来週の仕様凍結の会議に向けた、仕様変更の取りまとめと、レポートは?僕だってまだ、状況把握していないですよ」

仕様凍結とは、お客さんに『もうシステムの変更は認めません』と宣言する会議だ。

なので、今受けている仕様変更を整理して、凍結までにどれだけ片付けられるかスケジュールしなくてはならない。仕様凍結しても、今受けている仕様変更のどれが残るか報告が必要だ。

俺は、管理以外の担当業務もしているから、開発の状況把握なんていつでもできる。

「もう終わっているから心配するな」

こちらも、近藤の反撃を許さない。

近藤は肩を落とし、

「有能なマネージャで嬉しいですよ。で、暇だから今井さんにちょっかい出しに来たんですか?」

と、良く分からない事を俺に話しかけてくる。

「別に暇じゃない」

「そうですか。だったら口出ししないでください」

近藤は絶対俺に勝てない。

で、今までほったらかしにしていた、今井さんに、

「テスト始まったら、最初が肝心だから、注意して。あと、分からない事があったらいつでも聞いて」

今井さんは、笑いながら、

「はい。ありがとうございます」

と、返事してくれた。


近藤。有能な新人は、良く面倒を見る事が大事だぞ。


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