54話 破滅へのカウントダウン(無音)

「おっはよー!」

「おはよー!」


「……むぇぇ……?」


戦々恐々と学校へ来た僕は、拍子抜けした。


「? ……銀藤さん……?」

「ううん、なんでも……」


真横に座っている黒木さんは――きっと好きな作者の新刊なんだろう本に夢中で、僕なんかのことは声をかけなきゃ見てこなくって。


「あれ? 奈々、銀藤ちゃんとこ行かなくて良いの?」

「最近首ったけだったのにー」


「ほら、あの子たちって構いすぎると嫌われちゃうからさぁ」


「あー分かるー」

「家のハムスターとかそんな感じー」

「ストレスで弱っちゃうんだよねー」

「猫かわいがりした猫から嫌われたことあるわー」


紅林さんは――これまでのいつもみたいに、ギャル同士でギャルギャルしてて。


「ねぇ委員長さん、なんだか私、生徒会の人からこの資料もらっちゃって……」


「……いいの……? 私が委員長で……」

「いえ、あなたが委員長よ? 私、そういうのでも何でもないし……」


白鳥さんは――今は学級委員長(真)と難しい話してるっぽくって。


「……むぇ?」


あれ?


なんだか穏やかだぞ?


「………………………………むぇ」


もしや。


もしや?


……最近のいろいろも自然解決した?


『嵐の前は静かになるのだ』

『嗚呼判る、これは台風の目』


なーんだ、良かったぁ。


最近なんだか怖い気がしてたけど、それはただの僕の勘違いだったみたい。


そうだよね、僕はこれまでを封印して徹底的なジャンガリアンハムスターだったんだ、まさか修羅場の中心なんてことはないもんね。


なんだなんだ、良かったぁ。


これでもう安心、クラスではおとなしくして放課後はぶいぶい言わせる。


僕は、そういう高校生活を送りたいんだ。





「銀藤さん? このプリント、ここの項目書き忘れているわよ」

「むぇっ!? ……あ、ほんとうだ……」


「怒っていないから、記入してくれるかしら? ……黒木さんはこの用紙だけど……」


まさかの、学校に来て数時間白鳥さんが突撃してこないという脅威のできごと――まぁそれが普通なんだけどね――はあったけども。


彼女は特段僕を意識してるわけじゃなく、ハムスターたちの群れに入ってきて、必要な書類とかをみんなにてきぱき割り振っているだけらしい。


はいはい、プリントのここね。


「……今週末…………呼び出し………………3人で……」


「は、はいぃ……気づかれないように……」


ちらりと黒木さんを見るけども、僕を気にするでもなく白鳥さんに怯えながら記入しているらしいだけ。


うんうん、そっか。


みんな、飽きたんだ。


そうだよね、僕みたいなメガネ地味女子が注目されるなんてのは、長く持たないからね。


「……なぁ、ぎ、銀藤さん……」

「うん、なんか黒い影が……」

「オカルトだけど、あれって情念とか……」

「あれはもうダメ……残念ながら……」


僕の周りにはハムスターたちがハムハムしているだけ。


極めて平穏で静かで安心できる空間。


ああ、良きかな。


僕はこういう高校生活を望んでいたんだ。


「ちょっと、紅林さん!? ――のプリント、出してないって!」

「うぇっ!? マジー!? 白鳥ちゃんごめーん!!」


そんな白鳥さんは、今日も元気に紅林さんたちギャルに躊躇なく突撃。


そして物怖じせずにせびって彼女たちをどぎまぎさせている。


――ああ。


僕は、こういう光景を外野として眺めたくって、この高校を選んだんだ。


「……手順は……」

「分かってるって。 油断させといて……」


いや、もちろん女の子は好きだよ?


好きだけどさ、学校に居るあいだずっと針のむしろとか嫌じゃん?


それも楽しかったんだけど、さすがにそれは中学で満足かなーって。


『それで懲りないのか』

『この主よ、仕方あるまい』


今日も僕は店長さんにもらった矯正下着と、おじさんにもらったチョーカーを身に付けている。


ていうかチョーカーつけてて校門前でなんとも言われないとか、改めてこの学校の校則すごいね。


そういやこの前、「生徒手帳に載ってないことは逆に校則違反だ」とか、この学校で唯一めんどくさい生徒指導の先生に引き留められたなぁ。


「外せ」って言われるのかって思ったら、何かに気づいた顔をしてて拍子抜けしたっけ。


良く分かんないけど、たとえるなら心底哀れな目に遭うことが確定している人を見るような目つきをしてきて「銀藤、そのチョーカーは……いや、良い。 気を強く持て。 何かあれば私に相談してくれ」とか言われたし。


この学校は、先生たちの質も顔偏差値もおっぱいの平均値も優れているんだ。





「あ、銀藤ちゃん」


放課後、教室から意気揚々と撤退するハムスターたちに紛れていた僕は、先週ぶりに紅林さんから話しかけられる。


「週末ね、みんなで遊ぼうって話してるの。 銀藤ちゃんも来る?」

「い、いえぇ……」


「――――――――――そっか。 ごめんね、忙しいのに」


彼女は――もっと粘るかと思ったけど、そのまますっと引いて行った。


……あれかな?


一応でクラスの人を誘うけど、ただの義理だったってやつ。





「銀藤さん、この週末って予定ある?」


「むぇぇ……」


「……そ。 ごめんね、また今度誘うね」


下駄箱の前で、白鳥さんに声をかけられる。


けども鳴き声を発すると理解してくれて、そのまま何かしらの書類を両手にすたすたと歩いて行く。


ふむ。


これはあれかな?


クラス全体で何かあったりしたのかな?


ハムスターたちには丸っきり伝わってないあたり、きっと陽の気を持つ子たちでパーティーとかするんだろう。


良かった、僕は陰の気のグループで。





「ぎ、銀藤さん……」


「えっと、今週末は忙しい……かも?」


「……そ、そう……なら、しょうがないよね……」


ちょっと一方的に気まずい相手の黒木さんが、電車でぼそりと言ってきた。


けども、なんとなくで拒否っちゃって、それに特に違和感も持たれていないっぽくって。





「………………………………」


「ふんふーん♪」


僕は、店長さんのとこでエクステとメイクをして上機嫌。


なんと、ウェストが1センチ縮まったんだ。


きっと矯正下着さんのおかげだね。


「……明乃ちゃん」

「はい?」


大きな鏡を見上げると、僕の後ろで――また頭痛がしてるらしい「彼女」が見てきていた。


「――死なないでね。 貴女は――いろいろとあるけど、私の大切な友人だから」


「? よく分かりませんが、死ぬつもりはありませんね」


前世がある時点で、僕は少なくとも1回は死んでいる。


だから、今世は1秒でも長く生きてやる。


そう、決めているんだ。


だって、僕は今世で死ぬほど女の子と遊ぶつもりなんだからさ。



◆◆◆



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