53話 ワタシダケノカノジョ
銀藤さんは驚異的な速度で骨を再生させたらしい。
あんなに手首痛そうだったのに、すぐにけろりとして普通にしててびっくりした。
ほっとしたけどやっぱりすごく痛い目に遭わせたのは変わらない。
わたしの罪はあまりにも重い。
だからわたしはこれからも銀藤さんの1番でなきゃいけない。
――うん、理解はしてる。
わたし、どこかで壊れちゃった。
◇
わたしだけの銀藤さんは、いつの間にかわたしだけのものじゃなくなってた。
いわゆるギャル系の、紅林さん。
学級委員長――だったと思う――の、白鳥さん。
銀藤さんが両手首を粉々にされた、あの場に駆け寄ってきていた人たち。
わたしが動けないときに、彼女を1番に介抱した人たち。
わたしが。
わたしが、動けなかったから。
だから、取られちゃいそうになってるんだ。
わたしは悪い子になった。
わたしは嫌な子になった。
学校へ来るたびに、彼女たちから銀藤さんを離そうとしちゃって、でもできなくって。
ずっと嫌な気持ちになっていた。
◇
……そんな相手の1人、白鳥さんは優しい人だった。
男子にも女子にも人気な彼女は、わたしみたいなのにも普通に接してくれた。
それが嬉しくて、だから嫌いだった。
――そんな彼女に誘われるままにお茶しに行った先で、どこかで一瞬だけ見た気がする、素敵な女の人に出会った。
アキノちゃんさん。
――あの銀藤さんの、お姉さん。
わたしはそれだけで、心臓が跳ねた。
まるで優しい系の男子みたいな話し方で、なのにわけがわからないくらいにおしゃれで、大人びてて。
わたしを見ても嫌な顔をしないどころか、なんだか嬉しそうな顔をしていて。
――その顔が、わたしがよく言葉に詰まって嫌な汗かきながらあわあわしてるのを見ているときの銀藤さんと、そっくりで。
姉妹。
……こんなにも似ているのに、こんなにも違うんだ。
不思議な気持ちになった。
◇
カゼを引いて休んだその日、銀藤さんが家に来た。
てっきり宅配便かと思って、なんにも用意しないで出た玄関でいつもの彼女を見たとき、顔も洗ってなければきっと汗臭いだろうわたしを自覚して、恥ずかしくて死んじゃうって思った。
けど彼女はそんなのを気にする様子もなくお見舞いをしてくれて。
「……?」
頭も体もぼんやりとしてたそのとき、わたしはふと思った。
銀藤さん、話し方がまるであのお姉さんだって。
そのときはすぐにカゼ引いて頭がバカになってるからだって一蹴した考え。
……そのときに話したことはあんまり覚えてないけど、銀藤さんが格好良く見えて恥ずかしかったのだけは覚えてる。
――コンビニのビニール袋。
彼女が帰ったあとにテーブルに置いてあって、忘れ物かと思ったら「あとで食べてね」って書いてあるシャーベットが入っていた。
わたしは自覚した。
わたしは、銀藤さんのことが好きなんだって。
同時に、わたしは思った。
――銀藤さんがお姉さんと同じように、女の子が好きだったら良かったのに、って。
◇
わたしは、お姉さんに押し倒された。
あれから寝る前にしてた妄想そのままで、わたしはよく分からないながらも嬉しかった。
――それが、人が多い外だと分かってても、何故か余計に嬉しかった。
「……ひとつだけ、お願い、聞いてくれるかな」
「ひゃひっ!? わ、わたし、初めてだけどお姉さんが相手――」
「――屋外では本とか読まない。 歩きながらも読まない。 特に交差点とかね」
「優しく――むぇ?」
「今どきは治安も悪いし車も暴走しがちなんだ。 そんなところに君が、前も向かずにちょろちょろしてたら――僕が、心配で寝れなくなるから」
「……? は、はい……?」
けど、彼女はそう言うとそのままわたしの胸に頭をうずめて――まずは胸からなんだ、本当にそういう本の通りなんだ。
ぎゅっと目をつぶって覚悟してたら――たくさんの人が集まってきてびっくりした。
どうやらわたしは、轢かれかけたらしい。
それを理解してから初めて、怖くなった。
――お姉さんが、あのときの銀藤さんと同じそうだからやっぱり銀藤さんはお姉さんでアキノちゃんさんでだから同じ顔してるしわたしが困って慌ててるときは優しい顔でほほえんできてるしわたしが好きな本の話題振られて必死なのにろれつの回らない説明してるときには嬉しそうだしなにより――そう。
汗。
匂い。
――体育のあとの銀藤さんと、今、こうして走ってきてわたしを抱きしめて気を失った彼女の汗の匂い。
それが――香水の臭いはついてるけど、全く同じなんだって。
そっか。
銀藤さんはお姉さんだったんだ。
そっか。
「それを、わたしだけが知ってるんだ」。
――「わたしだけが、銀藤さん/お姉さん/アキノちゃんさんに命を救われたんだ」。
◇
わたしは決心した。
女の子が本当に好きらしい彼女に、体を捧げようって。
小学校でちょっとやった以来ぶりに、眉毛を整えた。
散髪屋さんに行って、顔のうぶ毛を剃ってもらった。
体も、普段はお風呂に入ってもメガネ外してるし、タブレットにくぎ付けだから見ない体も、隅々までチェックした。
通販サイトで、こっそり恥ずかしい下着も買った。
身に付けるとき、死にそうに恥ずかしかった。
けど、がんばって身に付けて――アキノちゃんさんからのDMの通りに家に呼び寄せた。
アキノちゃんさん――ううん、銀藤さんはびっくりしてた。
そうだよね、わたし、あんな際どい内容のDMにお返事できる顔してないよね。
でも、一応の下地とわたしっていう地味メガネ女子の属性、あと低身長と子供っぽい体つきは、DMで伝えたら嬉しそうだったから。
あと、顔も一応は――小学校のころの話だけど、女子に目を付けられた程度にはかわいい――かもしれないから。
だからわたしは、勇気を振り絞った。
銀藤さんがDMで言ってた、「こういうシチュがいいな」って言ってたマンガ――ものすごくえっちで恥ずかしかったけど、女の子同士ので安心した――の通りに、ベッドで仰向けになった彼女の上に、彼女のスカートの上に――わたしの恥ずかしい下着を押し付ける形で、またがって。
でも、わたしはへまをした。
――初めてをする前に、せめて本当のことだけを聞きたい。
わたしだけに、この世界の中でたったひとりのわたしだけに秘密を教えてほしい。
銀藤さん銀藤さんのお姉さんアキノちゃんさんみんなに人気者の配信者動画制作者何でも知ってるすごい人が銀藤さんなのかどうかって。
そして――女の子が好きってことは、わたしも恋愛対象に入って、わたしの属性だけでも良いから「興奮する」ものなのかって。
……そんなことを考えてちょっと悩んだせいで、
「へっ……」
「へ?」
「――くちっあ痛ぁ!?」
「み゛っ!?」
絶妙なタイミングでのくしゃみで、わたしたちのおでこが盛大にごっつんこして。
わたしは失敗した。
……どうやらわたしの長すぎる横髪が、よりにもよって鼻にかかってくすぐったかったらしい。
わたしのばか。
おたんこなす。
◇
結局本当のところは聞き出せず、わたしの決意はたしなめられて。
けど、だからこそ――わたしは、決心した。
次は、彼女を捕まえようって。
次こそは、逃げようのない場所に追い込んで捕獲して捕食しようって。
わたしは理解した。
わたしが押し倒したとき、彼女はたぶん喜んでた。
嬉しそうだった。
だから、あれで良かったんだって。
また――そう、またカゼでも引いてお見舞いに来てもらったら、そのときこそ。
計画を楽しく立てていた、そのときに――そのメッセージは来た。
『ねぇ2人とも。 アキノちゃんについて、話したいんだけど』
『あたし、アキノちゃんのカノジョになっちゃった。 かも』
「――――――――――――――――え」
頭が、真っ白になった。
『え、ちょっ!? どういうこと!?』
『………………………………』
『それって、正式に告白されて付き合ってるのかな』
『違うんだ、そう』
『なら、私もひとつだけ、良いかな』
『――私も、お姉さんのことが好きになっちゃいました』
「――――――――――――――――え」
わたしの中の嫌なところが、わたしの中を埋め尽くしていく。
「……なんで」
なんで、どうして。
見た目も性格も体つきも運動神経も体力もコミュ力も女子からの人気も男子からの人気も先生からの人気も何もかも持っていて明るくて陽キャでカーストトップで全てを持ってるあなたたちが、わたしから銀藤さんを奪おうとするの?
「……なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして――――――――」
◆◆◆
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