52話 わたしだけの銀藤さん
わたしは、人付き合いが苦手。
ううん、苦手なんじゃない――キライなんだ。
小学校。
体育が苦手だったのを、男子たちにバカにされた。
その次の日から、女子の友達が減り始めた。
理由はよく分からなかった。
今でも良く分からない。
けど、どうやら運動オンチで足が遅いのは嫌われるって分かった。
だから体育の日はおなかが痛くなったしカゼもよく引いた。
今から思えば、わたしの弱い心が無意識レベルで防御反応したんだろうって思う。
しかもわたしは勉強も苦手だった。
正確には――国語と英語は得意だけど、数学と理科は壊滅。
たぶん、わたしの脳みそは賢くないんだ。
けど本は好きだったし、本が好きな子が多いクラスだったから、そんな嫌な小学校もなんとか卒業できた。
中学。
わたしは、身の程を知った。
小学校のころは「そんな顔なのに足遅いんだ」とか、変な言いがかり付けられることが何回かあって。
――わたしには未だによく分からないけど、どうやらわたしの顔は、わたしのダメさに反比例して……整っている顔、っていうものらしくて。
だけどそれで怖い女子から睨まれることもあったから、たまたま読んでた小説の主人公の子と同じ境遇だったから――顔を隠すっていう、その子とおなじことをした。
お母さんに連れてかれる美容院でも、前髪をできるだけ伸ばすようにしてもらって。
さらに――これはつらかった小学校も終わりのころだけど、わたし、前の席ばっかり当たってたから分からなかったけど、一般的に言う「目が悪い」っていうものみたいで。
そのせいで、実は周りどころか手元も他の子みたいに見えていなかったから、生来のドジとぽんこつに輪をかけてダメだったんだって知った。
だから、これもまたその子と同じようにメガネにした。
お母さんが困るのをわざと選んだ結果、究極的にダサいメガネに。
顔を、メガネと前髪と横髪でとことんに隠す。
その成果は絶大だった。
「地味で目立たないしあんまり話しない、おもしろくないメガネ女子」。
それが、それからのわたし。
幸いにしていじめとか無縁だったから、わたしはそのまま本の世界に没頭した。
わたしのお友達は図書室と図書委員、図書室に良く通う人と、なによりも本。
学校の中でも何人かだけ、ちゃんと話せる人が居る。
でも、たったのそれだけ。
それだけ。
でもそれだけが幸せだった。
◇
好きな系統の本がなくなってきた中学3年の後半、わたしはようやく持たされたスマホで楽しめる、無限のコンテンツを知った。
小説、マンガ――そして配信。
図書室で楽しんでたよりも甘い出来だけど、それらよりもおもしろいもの。
……なにより、休み時間にちらちら耳に入ってくる話題に、ちょっとだけ馴染めるようになった。
そんな中学も終わって、中学生でも高校生でもない春休み。
寝ぼけたまま配信サイトを覗いてたら、誰かの配信を開いちゃった。
「好きな属性? うーん……読書好きのビン底メガネっ子とか良いよね」
眠気は吹き飛んで、心臓は跳ねた。
「え、そのダサさがかわいいんじゃん。 まぁ僕はどんな子でもウェルカムだけど」
格好良い女の子が、わたしみたいな子のことを、好きだって言ってた。
「……そんなこと、あるわけないのに」
そう思って、そっと閉じた。
◇
わたしは失敗した。
「え、ええと……あ、あぅ……」
初めてのクラス、初めて話しかけた相手。
どことなくわたしと似た雰囲気だから、仲良くなれそう。
――そう思ったのに、わたしのダメな頭と口は、怖くない子にすら、名前すら伝えられなくって。
「私、銀藤って言うの。 銀藤明乃。 あなたは?」
「むぇっ!? むぇ、むぇぇぇ……………………」
ああ、ダメだ。
知り合いがゼロって、こんなに心細かったんだ。
わたし、高校ではひとりぼっちなんだ。
そう、覚悟した。
けど。
「うんうん」
なのにその子は、10秒以上変な声出てたわたしを、じっと待ってくれた。
変な顔もしない、からかったりもしない。
ただ、じっとわたしを見て待っているだけ。
――あ、この子は優しい子だ。
小学校のころからクラスに1人くらいは居た、どんなに変でも嫌な顔しないでじっと待ってくれる子。
そうだって分かったから――そこで初めてその子がわたしと同じように大きめのメガネをして前髪が長いって気がついて――同類だって「勘違い」して。
「……く、黒木美緒……です」
「うん、よろしくね」
◇
それから1週間。
銀藤さんがわたしを嫌わなかったのは、たぶん奇跡だと思う。
それだけ銀藤さんが良い子で優しかったからだと思う。
だって、彼女が他の人と話そうとしてるタイミングとかで、わたしがわざと邪魔をして――新しいクラスでの最初の1週間っていう、友達とかグループができあがるまでの時間を、わたしが奪っちゃったから。
なのに彼女は気にした様子もなく、わたしが仕入れた流行りの話題とかに楽しそうに乗っかってきて。
銀藤さんを――わたしが安心できる、ただひとりの銀藤さんを他の子に取られないようにって、気がついたら肩をくっつけてまでスマホの画面を見せて、おでこ同士がくっつくまでの距離で、そうじゃないと聞こえない声量で話しかけて。
移動教室のときはさりげなく腕を取って、トイレにももちろん一緒に着いて行って。
通学路線が途中から同じだから、朝も何時の電車に乗って何両目に乗ったのかって毎朝聞いて。
帰りももちろん彼女の腕を取ろうとして――わたし自身のドジな体のおかげで何回も転び掛けたりしたから、自然と途中からは彼女から真横に張り付いてくれるようになって。
でも帰りの電車では、なぜかいつもタイミング悪くはぐれちゃって。
だから帰ってからも、初日に交換した連絡先へ大した意味もないメッセージを送って――スマホを付けっぱなしにして、未読と既読が変わるのを見逃さないようにして。
今回は既読が何秒続いたのか、話の内容が悪かったのか、それとも銀藤さんは忙しいのか。
――それとも、嫌われるようなことを言っちゃったのか。
それを、夜、寝るまで何時間も続ける毎日だった。
……今思えば、よく嫌われなかったなって思う。
わたし、どう考えても重くてうざったくて気持ち悪い女だったもん。
でも銀藤さんは――ふと見上げるときの彼女は、なんだか嬉しそうにわたしを見ていて。
それでだんだんと銀藤さんから見放されないって理解できてきて、だから少しずつ、わたしたちみたいなクラスメイトたちのグループに溶け込んでいけたの。
◇
「ぎ、銀藤さん、大丈夫!?」
「むぇぇぇぇぇ……複雑骨つぅ……」
――そんな大切な子が、わたしのせいでケガをした。
「……銀藤さん!? 手首! 手首が痛いの!?」
「ごめん、マジごめん!? あたしもよそ見してて!!」
「銀藤さん、わ、私をかばって……!?」
「のぉぉぉぉ……」
複雑骨折。
わたしの目の前に飛び出してボールを――あんなに怖い、大きなボールを胸元で受け止めた彼女は、両手首を粉砕したって言ってた。
――わたしのせいでわたしがどんくさいせいでわたしがのろまなせいでわたしがむいしきで銀藤さんをたてにしてたせいでわたしさえいなければ。
わたしは後悔した。
だからわたしは、生涯銀藤さんのためだけに生きるって決めた。
銀藤さんに「すっごく手首、痛かったんだ。 同じくらい痛い目に遭ってもらいたいから、手首、折ってくれないかな?」って言われたら、喜んで折るくらいには。
……実際に聞いたらすっごい剣幕で「大丈夫だから!!」って言われたから、まだ、折ってない。
でも、覚悟はできてる。
だから、いつでも言ってね、銀藤さん。
わたし、あなたのためならなんだってするからおねがいだからみすてないでね。
◆◆◆
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