51話 オシオキしなきゃ

「はぁ……」


――良かった。


この気持ちに気がついたのが、デートのあとで。


じゃないと私、アキノちゃんさんとまともに話なんかできなかったもん。


「……2人とも、よくこんな気持ち抱えてお話しできるなぁ……」


紅林さんも黒木さんも、すごい。


私は改めてそう思う。


「……お母さんの言う通りだったのね。 そうだよね、こういう気持ちになる相手とじゃないと、恋愛なんて」


――もったいない。


うん、もったいない。


ただなんとなくでそういう関係になるなんかより、きっと何百倍も楽しいんだ。


「……けど、初めてそういう気持ちになった相手がお、女の人とか……お、お母さんはもちろん応援はしてくれるだろうけど……」


――小学校からの授業のおかげで、並みの高校生程度には知っている。


同性愛。


女の子なのに女の子が好きになること。


小説とか漫画でもそういう子が出てくるから、その特殊な愛の形にも特に抵抗はない。


ただ、今までそれを「現実で」見ることが、私はなかったから。


だから、少しまだ――「夢」みたいな気持ち。


「そっか。 これが、好きになっちゃったらしょうがないってやつなんだ」


――同時に、「好きになった方が負け」って気持ちも、よく分かる。


「悔しいなぁ……お姉さんがどれだけえっちですけべで浮気者かって、今日も知ったばっかりなのに」


それが、やっぱり――悔しい。


「嫉妬、しちゃうだなんて」


この歳になって今さら、男の子向けのマンガのちょろいヒロインみたいな気持ちになるだなんて、想像したこともなかったのに。


「……全部、お姉さんが悪いんだからね。 お姉さんが」


ぽつり。


悪意を込められない悪態が口から漏れる。


「! お姉さん……じゃないない、落ち着こう……夕方に別れてからしばらく言い訳が来てて、私が気にしてないって言ったら納得してたじゃない……」


私は、着信のあったスマホを、わざと期待しないようにして見る。


「ほらね。 アキノちゃんさんじゃな――――――――」


『あたし、アキノちゃんから告られちゃった』


――――――――、え。


『わ、わたし。 じ、実は、お姉さんをベッドで押し倒して……』


――――――――――――――――、え。


私たち3人のグループ内チャットで吹き出しになっている、2人の言葉。


――それは、前に紅林さんが言っていたように「アキノちゃんさんは悪い女の子が嫌いだから」っていうので、みんな、口にはしないけど、彼女と話したこととか彼女との仲を情報交換し合う場所で。


平等に、って。


――そこへ、いきなり、


「――――――――なんで?」


どうして?


だってさっき、ついさっきに。


あの人と私は、楽しくおでかけしたばかり。


あの人と私は、最初だけ気まずくなったけどその後は普通にいろんなこと話して盛り上がったし、屋台での買い食いもしたし、公園をゆっくりと――私に気を遣ってくれて、しょっちゅう休憩しながら散策したのに。


最後は「またこんな風に会ってもらえますか?」って聞いたら「もちろん」って、たいして歳は違わないはずなのに大人びた笑顔を見せてくれたのに。


別れ際――えっちなことができなかったけど楽しかったからって、お礼にってキスくらいあげちゃおうとしたら、優しく止められて。


「その気持ちは嬉しいけど、女の子のキスはすごく大切だから、本当にしたい相手にしてあげてね」って言ってくれて――なぜか直後に苦しそうな顔をしてて。


あれはきっと、あのときの私と同じように――「切ない」っていう、不思議な感情から出てきたものじゃなかったの?


あの顔は、なんだったの?


ただ単純に、あの人の配信での気楽な口調で「もったいなかった」って思ってただけなの?


私とのことは、なんだったの?


私とのことは、ただの――――――――


「……ふー……」


長く息を、1回。


「……そっか。 怖い感じになる女の子って、こういう気持ちだったんだ」


私は、普段、滅多に悪い子にはならない。


歩いてるときにすれ違う人たちが広がったままに道を譲ってこなかったとしても、私は特に何も気にしないで脇に寄る。


友達の子たちはそういうのを怒るけど、私は別にむかむかしたりもしない。


困っていそうだから声をかけたら「女子供は良いから男を呼んでくれ」って言われることもあるけど、ちょっとかちんと来るだけ。


きっと、そういうこと言っちゃうくらいに困ってるんだなって思って、任せられる人を探して任せるだけ。


靴箱にラブレターを入れてきたり呼び出されたり、チャットだったりで告白されて、断るときにしつこかったり急に怒ったりしてくるときも、ただ怖いって思うだけ。


――なのに私、今、とってもおなかがむかむかして攻撃的になってる。


「……こういうのは、いけない。 うん、いけない」


お姉さんは、今日、私に対して、とってもとっても紳士的――淑女的って言うのかな?――だった。


だってお姉さんは、私のこと別の子だと思ってて「そういう目的」で連れ出したんだから。


なのに私が最初からダメって言っても、申し訳なさそうにするだけで、気まずそうにするだけで――怒ったりなんて、してなかった。


だからお姉さんは、すごく大人なんだ。


だって、こんな気持ちとかをしっかりコントロール、できてるんだから。


――それも、恋愛とかしたことないって言ったのにのこのこ着いていく、こんなちょろい年下の女の子相手にも、手も出さないで送り出すくらいには。


そこは、すごく尊敬してる。


だから、私もがんばってコントロールするの。


「……お姉さんの、ああいうところも好き。 だから、そんなお姉さんに対して、私が悪い子になるのは、嫌」


何回か大きく息を吸って、大きく吐く。


そのうちに、まだすごくむかむかしてるけど、なんとか抑えられるくらいにはなってきた。


「……そうね。 2人は誠実に、お姉さんと何があったのか言ってくれただけ」


お姉さんが女の子を口説くのは、普通のこと。


だから、紅林さんにも――もしかしたら今日の私みたいにしただけかもしれない。


それに――「奈々はいつも話、盛るから気をつけてね」。


そう、彼女の友人みんなから聞いていたもの。


黒木さんは――ごめんなさい、だけど、たぶん押し倒してもその先に進めないって思う。


それが黒木さんの良いところだし、たぶん、お姉さんも好きなところ。


それに、たぶん――お姉さんは、そういう状況になっても、今日の私みたいに手を出さない。


そんな感じが――ううん、そう、信じてるから。


「けど――ダメ、よね?」


『私は、彼女とデートしてきました』


ぽん。


まずは簡潔に、今日、彼女としたことを報告。


『あ、あと、ふらついてたから思わずで抱いちゃいました』


ぽん。


「………………………………あれ?」


抱くって。


……そ、そういう意味に感じちゃうかな、だったら消さないと……ってわぁ、もう既読に!?


「……ま、まあ、2人ともいきなり私のことびっくりさせてきたし……」


――ひょっとしたら悪い子だったのかもしれない。


だから、こんな表現を選んじゃったのかもしれない。


「……ふぅ」


恋って、女の子を悪い子にするんだ。


けど、


「……そもそも、私たち3人を同時に口説くってなんなのよお姉さん……! そこまで女の子が好きなの……? かわいければ誰だって良いの……?」


――これには、さすがに怒って良いよね……?


女の子として、当然の権利だよね……?


ね?


女の子が大好きで手当たり次第で節操無しで、だけどかっこいいアキノちゃんさん?



◆◆◆



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