12話 白鳥さんと、廊下で

「ごめんなさい、手伝わせちゃって」


「い、いぇ……日直ですから……」


手元にはずっしりと書類。


横を見ると、その倍の量のずっしり。


けども彼女には分厚い胸部装甲があるから大丈夫そう。

だって書類と一緒に揺れてるもん。


「今どき、書類なんて電子化しちゃえば良いのにね」

「そ、そうですね……」


「うちの学校っていろいろ旧式なんだから」

「そ、そうですね……」


日直っていう、地味ながらめんどくさいときはめんどくさい当番。


今日の僕はそれで運悪く教員室に日誌を届け――んで、「お、銀藤も来たし、2人なら運べるだろ?」ってノリで書類を届けさせられている。


僕みたいな地味な生徒って、絶対に反論しないから格好の餌なんだよね。


だからいろいろ押し付けられる。

だから職員室は嫌いなんだ。


「そもそもこれは先生のお仕事なのにね!」

「そ、そうですね……」


「銀藤さんもそう思うでしょ?」

「そ、そうですね……」


そんなわけで、僕は――きっと前世なら小躍りしながらするだろう、クラスどころか学年の高嶺の花、白鳥さんと書類運び中だ。


放課後の廊下とあって人気はまばら。


でも通りがかる生徒も先生も、白鳥さんへ視線が吸い寄せられるのは見てておもしろい。


……まぁそのあと僕を見て一瞬で興味失うのはきっと、前世の僕が男子高生だったときに通った道。


まぁね、スタイルよくって校則の範囲でおしゃれしてて、明るい色の地毛が綺麗に整えられてて優しめの美人さんな顔で、声まで良くってトドメで性格も良いっていう完全超人美人さんだもん。


その真横に居るのが、実は道の先が見えないくらいに視界の通らない、しかもダッサい形のでかいダテ眼鏡にぼさぼさ髪、猫背でおどおどしてるジャンガリアンハムスターだもん。


……ごく一部、数人に1人くらいっていうわりと現実的な確率で僕の方をじっと見てくる男子生徒も居るけど……これは多分、高嶺の花過ぎる彼女は最初から諦めてるけども、彼女と仲良さそうにしてるからダサくても性格は良さそうだし手頃そうって見られてるんだろうことは分かる。


この自覚を生粋の女子が持ってたら白鳥さんに対して悪い感情も芽生えるだろうけども、幸運なことに僕は中身完全男。


むしろ男として見られない分、同じ女子として肩とか腕、髪の毛が触れる距離感で普通に話しかけてもらえるから嬉しい限りだ。


ああ、現役JKの香りは最高だね。


僕?


僕は匂いの少ない男用のシャンプー使ってるから……ほら、良い匂い振りまいちゃうとゴールデンハムスターたちがまた告ってきちゃうし……髪の毛長いと匂い残るんだもん。


あの子たちはね、女子と触れる機会が少ない分、ちょっとしたことですぐ惚れちゃうからね……最悪、同じ空間に居るってだけでね……男ってバカだからしょうがないね。


告白とかされても男のよしみでしょうがないなって流したげるけど、そのあとしばらく気まずいからなぁ……。


「……私、そんなに怖がられること、してるかしら……」


「うぇ?」


あ、今、素で黒木さんみたいな声出た。


擬態が現実に浸透してきている。

まぁ便利だから良いけどさ。


「私ね、銀藤さんたちとも仲良くしたいの。 ……このクラス、ううん、この学年ってみんな穏やかだし、仲良くしても女子同士でいろいろってのはあんまりなさそうだし」


「うぇぇ……」


え、なにこの子、ほんと良い子なんだけど。


え、裏がある?


こんなカースト上位の女子だから?


……裏があっても、たとえ表面だけでも良い子ならそれは良い子なんだよ?


特に美人さんとかかわいい系の女子って、露骨に態度変える子多いからさぁ……演技でも良いんだよ、普通に接してくれるなら。


「小学校まではみーんな仲良しだったのに、中学になったとたんに『あの子たちには話しかけない方が良いよ』って言ってくる女子が多かったから……中学では、もったいないこと、したなぁって」


「むぇぇ……」


なるほど。


この子は良くも悪くも純真なんだ。


言うなれば、すごく性格の良い小学校高学年女子がそのまんま「女子」とか「女」にならずに高校生になったようなもん。


少なくともこんな話を、接点も少ない、カースト下位で変な返事しかしない僕にしてる時点で、そう感じる。


そんなだから誰々と付き合うとかいう話がなくって、代わりにどこどこの主将が撃沈したとかいう話ばっかりなのかなぁ。


「……こういうのも、怖い?」


曲がり角で立ち止まり、僕をのぞき込んでくる彼女。


「ん?」


……あー、すっごい美人さん。


紅林さんの強い系の美人さんでもない、優しそうな美人さん。


これ、並みの男子なら、これされた時点で落ちるんじゃない?


僕は女だけど、どきっとはするし。


「……そういえば銀藤さん、素顔、綺麗ね。 コンタクトにしてみれば――」


あ、やっば。


ぐっとのぞき込まれてる。


これはまずい。


「あっあのっ!」

「わ、やっぱり怖い!?」


「いえ、あのっ……その、重い、ので……っ」


これ見よがしに腕をぷるぷるさせてみる僕。


いや、実際重いからねこれ……なんで教師はこんな力仕事を女子生徒に押し付けるんだ。


「あ、ごめんなさい! この前手首痛めたばっかりなのに!」

「き、きんりょくも……」


「え、ええ! 階段降りたらすぐだから!」

「はぃぃ……」


ハムスターな僕を傷つけまいと、ちょっとだけ距離を取って先を歩く彼女。


その髪の毛はなびいていて、とっても良い匂いがして。


……いかんいかん、落ち着こう。


女の子に色気出した結果があの崩壊した中学生活なんだ。


高校生からはおとなしくして、んで大学生とか社会人になって、女の子が好きな女の子見つけて慎ましやかに生きるんだ。


「………………………………」


踊り場から振り返ってきて、何とも言えない顔で見てくる彼女から目を逸らす。


……良い子だけど、君は人気者だから。


前世からの日陰者だし、今世でもこれからは日陰者になりたい僕とは相いれない存在なんだ。


これはもう弱肉強食、わんことハムスターの関係なんだ。


ご主人の前では仲良くしてても、ご主人の目が離れたら食べられかねないんだ……あれ、ちょっと違うかな。


……今後は黒木さんたちと固まって移動しよっと。


あの子たちの誰かが居れば、あの子たちとおんなじ僕への興味もなくなるでしょ。



◆◆◆



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