11話 痴漢さんとうっかりと
がたんごとん。
「………………………………」
前世の僕が何歳かで何かの理由で死んでから、最低でも十数年=高校デビューまでの今世の人生。
そのくらいは経っているはずだけども、世界は案外に変わらない。
せいぜい電子機器が便利になった程度で、本当に何一つ変わっていない。
……そのひとつとして、通学時の電車の混みっぷりだ。
ま、僕の使う路線はそこまで混まないから、座れこそしないものの普通にスマホくらいは使えるレベルだから良いんだけどね。
昔なら新聞広げたり文庫本広げたりする人がそれなりに居てスペースも必要だったけども、今はみんなスマホだから省スペースだし、案外に快適かもね。
「………………………………」
……ただ。
――ぎゅっ。
「!?」
鞄とか荷物が、おしりに当たることは普通にある。
女子としては平均よりちょい高い方だけどもそれはしょせんJKの範囲、同い年以上の男たちからすれば頭1個から2個低いわけで。
だから当然、意識していなくとも手に持った鞄とか紙袋とか、あるいは傘の柄の部分とかが当たることはある。
それがもぞもぞ動いて「すわ痴漢か」って思っても、ただの電車の揺れとかだったり、何も考えないで荷物を出そうとしてるってこともそれなりにあったりする。
だから、確証持てるまでは気にしないようにしてたんだけども。
――ぱしゃり。
マナーモードだから音も光も出ないけども、相手には写真を撮ったって伝わる挙動。
「!?」
明らかに5本の指で触り始めてた、じっとりした手首を掴んだ状態でもう片方の手でスマホを掲げ、一瞬で掴んだ手首と顔をそれぞれシャッターチャンス。
……なんだ、まだどう見ても高校生か大学生くらいじゃん……何やってるの君。
今の僕からしたら最低でも同学年以上なんだけども、僕の精神年齢的には年下だから怖くも何ともない。
「え、あ、あの……っ!」
あー。
うん。
これ、初犯だわ。
少なくとも慣れてる反応じゃないわ……ついでで触ったのも確実な反応だわ。
ごく普通の男子高校生っぽい彼。
服装は私服だからもしかしたら大学生とかかもだけど。
「………………………………」
「いえ、これは違……!」
しどろもどろで慌てるもんだから、周りの人たち――お互いの手元くらいしか見えない距離の顔たちが、僕たちへ振り向いてくる。
男の片手を掴んで、スマホを持ってる制服姿のJK。
それに対して汗すらかいて挙動不審な男。
このままだったら。
……しょうがないなぁ。
僕はすっと、つま先立ちになって彼の顔へ近づき。
「――写真は撮りました。 今は、見逃しますけど……次やったら……ね?」
「……っ! ……っ!」
こくこくこくと首が取れそうなくらいにうなずく彼。
すわ痴漢かと思いきや、一転して背伸びしてまで顔を近づけて普通に話してるJKな僕、そして真っ赤な顔で初々しい彼。
上下関係は完全に明らかだ。
そんな光景になったから、周囲の視線はすぐに逸れていく。
嫉妬の念とかは全部彼に行ってるけど……「この人痴漢です」よりはずっと良いでしょ?
彼の手首を離した僕はストレッチしてたふくらはぎを休ませ、再びスマホに目を落とす。
「ふぅ」
こういうのってさ、される方も困るんだよね。
いやまあ、ぼさぼさ髪で分厚いメガネとどう見てもおとなしそうな女の子な姿してるからしょっちゅう狙われるし、もう慣れてるけどさぁ……。
普段ならさっさと「この人痴漢です」って言って正義感強い人が取り押さえるのに任せるけども、今回のはねぇ。
精神は男だから別におしり触られたところで「損した」って気持ちしか湧かないし、どうでもいいんだけども。
手癖の悪い人って手当たり次第にやるじゃん?
ってことは学校の知り合いの女の子たちも被害受ける可能性あるじゃん?
それはダメじゃん?
許せないじゃん?
ってことで普段は正義漢さんたちと駅員さんに任せるけども、今回は見逃した。
……やる前から鼻息荒かったし見事に挙動不審だったし、多分次別の子にやったら普通にバレるだろうし。
これで反省するなら良し、しないならすぐ捕まるから良し。
悪いけど僕は自分の人生送るので精いっぱいなんだ、あとは自分でがんばってね。
けどなー、やっぱこのへんは女の子って生物な以上どうしても巻き込まれるよなぁ。
やっぱ男の方が良いよなー。
だって男なら電車で痴漢なんか、
「………………………………」
……え。
されたことあるの?
え?
マジ?
僕の前世の記憶は「男でも痴漢されるんだよ……」って嘆いてる。
実感付きで。
「男が男に狙われるときも同じくらい怖いんだよ……」って縮こまってる。
……うげぇ。
やっぱ痴漢、ダメ絶対。
◇
「ねー奈々ー、そろそろ先生来ちゃうよー?」
「何そればっか見てんのさぁ」
「……いや、ちょっとね」
「あー、アキノちゃん。 ホント好きよね、奈々」
「けど普段通りのじゃん?」
「………………………………」
【あれ、なんかアキノちゃん、手首腫れてね?】
【本当だ】
【アキノちゃん大丈夫?】
【痛そうじゃないけど】
【両手首とも赤くなってる?】
人が少なくなった廊下を早歩きの限界で駆け抜けた僕は、教室に入ってほっとする。
「……あ、ぎ、銀藤さん……」
「きょ、今日は遅かったね……」
「うん、電車が遅れて」
「………………………………」
あー、危なかった。
電車降りたら初犯の彼が謝罪とか償いとかでしつこかったからさー。
痴漢とか、当校時にあると事情説明とかで普通に遅刻して先生たちにも説明するハメになるしなぁ……やっぱダメ絶対。
「奈々?」
「あれ。 あの子、いつもは早いのに」
「そういえば包帯取れたんだね。 もう治ったのかなぁ」
「………………………………」
朝は邪魔が入ったけども、今日は特に体育も無いし、ごく普通の授業だけだ。
うんうん、平和が一番だよね。
「………………………………」
「ぴっ」
「に、にらまれてる……!?」
「こわい……」
「銀藤さーん……」
ん?
「………………………………」
みんなの視線の先を追ってみると……なんだ紅林さんか。
あの子、別ににらんでるわけじゃないと思うよ?
美人さん過ぎるからキツい印象になるだけ……って言っても、ハムスターたちには意味無いか。
どうせたまたま見てただけだろうし、ほっとこ。
すみっこでわさわさしてたハムスターたちがなんか目に入っただけでしょ。
「……あれ、ぎ、銀藤さん……」
「腕……治ったんだ……」
……あ。
そういや昨日店長さんとこで湿布剥がして、んでなんかかぶれてたからそのままにして忘れてたわ。
まぁいいや、治ったってことで違和感もないでしょ。
ほら、この通り、昨日の夜まで痒くて赤くなってたのもなくなってるしさ。
◆◆◆
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