9話 ドッヂボール
「じゃあ、黒木さんたちはこっち入ってねー」
一応で気は遣ってるけども、僕たちを見る目は完全に「足手まといの運動オンチでダサい陰の女子」な紅林さんが言う。
「は、はいぃ……」
「は、はいぃ……」
黒木さんは絶望の返事をし、僕もそれを真似る。
「そんな怯えなくて大丈夫だって。 あんたたちには当てないからさ、あっちの子たちも。 当たりそうになったらあたしが当たったげるからさぁ」
「は、はいぃ……」
「は、はいぃ……」
「……そんなに恐いかなぁ、あたし……」
「い、いえぇ……」
「い、いえぇ……」
このクラスのギャルたちは良い子なんだよなぁ……。
ギャルって言っても素行が悪いわけでもケバすぎるわけでもないし。
体育とかでも、どんだけ僕たちがかよわいかって知ってるからこういう扱いしてくれてるし。
体育会系と普通、そしてそれ以外でちゃんと区別してくれるのは優しさだ。
区別って素敵。
「……ちょっと紅林さん! いじめない!」
「え? ……や、ごめんって。 声、でかくて」
びくびくしてるジャンガリアンハムスターたちをかばうように走ってきた白鳥さんが、紅林さんを叱る。
「ひ、ひぃぃ……」
「ひ、ひぃぃ……」
うん、君たちは悪くない。
すべてはジャンガリアンハムスターの本能のせいなんだ。
「……イヤだったら、コートに出なくて良いのよ?」
僕たちみたいな存在への対応もばっちりな完璧超人高嶺の花な白鳥さんが、この何週間で身に付けた僕たちへの距離感で、優しくささやく。
……この子は多分、心の底から……ジャンガリアンハムスターでさえ「クラスメイトな友人」って思ってるんだろうなぁ。
同じ種族のゴールデンハムスターたちにさえ普通に接してるし。
おかげで全員から惚れられてるけど。
ゴールデンハムスターたちは会話するだけで惚れるちょろい種族だからね。
「い、いえぇ……がんばりますぅ……」
「黒木さんががんばるので、ぼ、私もぉ……」
あっぶな。
昨日のあれのせいでうっかり「僕」とか言いかけた。
……高校生女子で、僕っ子。
白鳥さんみたいな高嶺の花か、ギャルな紅林さんみたいにカースト上位じゃないと厳しいもんね。
でも大丈夫。
ジャンガリアンハムスターたちは基本的に声も小さいし、どもるし、変な笑い方するってのもこの子は理解してくれてるから。
◇
どんっ。
「ひ、ひぃぃ……」
ばしっ。
「ぴぃぃ……」
ドッヂボール。
インドアにとって、その威力は計り知れない。
だから怖い。
小学生のときからずっと。
ゆえに、たとえ自分目がけてでなくても相手から飛んでくるボールは怖いし、それが誰かに当たったり取ったりする音でもびびる。
それがジャンガリアンハムスターの生態だ。
だから黒木さんも、それはそれは怯えている。
かわいいいきものだ。
「大丈夫、このクラスの人は優しいから、さっきの子みたいにバウンドして当ててくれるって」
「……それで手首折れたらどうしよう……」
「いや、それは……あり得るね」
「それでメガネに当たったらどうしよう……」
「あー、うん。 それは普通にやだね」
「それで死んじゃったらどうしよう……」
「それはさすがにないと思うけど」
かなりの近視だと、体育と来たらメガネの心配。
今世の視力は高いから掛けてるのは伊達眼鏡だけども、きっと前世はそうだったに違いない僕はその気持ちがよく分かる。
「――――――あっ、ごめっ!」
「え!? 奈々!?」
「ちょ、ヤバッ!?」
「誰かあの子たちっ!」
「ぴぃっ!?」
対面のギャルグループの子が「しまった」って顔をして声を上げ、その声にびびった黒木さんが鳴き声を上げる。
素晴らしい連鎖だけども、何が起きた?
視線を上げると、ボールが宙を舞っている。
――あー、ミスってこっちにボール投げちゃったのね。
そうだよね、君たち、運動苦手な子には予告してから優しく投げるもんね。
しかもさっきから何回かバウンドさせて当ててる気遣いあるもんね。
その手前には、すでにこっちに向かって走ろうとしてる紅林さん。
運動神経良いし、脚速いしおしりもおっきいもんね。
――けども、間に合わない。
ちらりと見ると、ボールがコントロールに失敗してこっちに来てるってことすら分からずに、その声だけで縮こまって目をつぶっている黒木さん。
視力も低いわ動体視力も悪いわ怖がりなのがジャンガリアンハムスターだもん。
生物学的な限界だからしょうがないよね。
だから僕は、そのまま彼女の前に1歩2歩出て、
――――――ぱんっ。
ボールをキャッチ。
「ふぅ、危ない危ない」
いやぁ、背の低い黒木さんだと思いっきりメガネコースだったし。
メガネもツルとか曲がったらイヤだし、折れたり割れたりしたらもっとイヤなもの。
あと顔もケガするし。
大学でファッション学んだら絶対化ける黒木さんの顔が傷つくのはもったいないもんね。
「大丈――え?」
「え?」
「……ぎ、銀藤さん……?」
「? ………………………………あ」
フリーズしているクラスの女子たち。
その視線は僕に注がれていて、さらにそれは――あ、やっば。
「……い、いひゃいぃ……」
僕は、ついうっかりちゃんとキャッチしちゃってたボールを取り落とし、まるで手首が両方とも複雑骨折したかのように痛がってみる。
気分で複雑骨折だ。
「ぎ、銀藤さん、大丈夫!?」
「むぁぁぁぁ……」
一気にパニックになる体育館。
「ジャンガリアンハムスターちゃんにボールが直撃しちゃったんだって」「やっばーい!」「手首が粉砕しちゃったんだって」「早く保健室!」って具合の混乱っぷり。
ジャンガリアンハムスター以外だとしても、女子は女子。
生物学的に、群れの誰かがパニックになると連鎖してえらいことになる。
「……銀藤さん!? 手首! 手首が痛いの!?」
「ごめん、マジごめん!? あたしもよそ見してて!!」
「銀藤さん、わ、私をかばって……!?」
「のぉぉぉぉ……」
とりあえずうずくまってジャンガリアンハムスターが発しがちな鳴き声してたら、白鳥さんと紅林さんと黒木さんの声が降ってくる。
この子たちのまとめ役な白鳥さんも来てくれたし、もう大丈夫だろう。
ちょっとばかし事態が大きくなってる気はするけども、黒木さんの顔面ヒットよりははるかにマシだから大丈夫大丈夫。
よし、あとはほどほどに痛がりながら保健室にドナドナされとこっと。
◆◆◆
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