6話 紅林さんに良く似た子を助けた
「ちょっと、キモいんっ、だけどっ! 離しなさいよっ!」
「このアマッ……おい、大丈夫か」
「まさか蹴り入れられるとはな……」
……マズった。
最初は、いつものナンパだと思った。
だから、いつもみたいにあしらおうとした。
……けど、コイツら普通じゃない……!
囲まれて、逃げようとしたら人目のない路地裏に……ヤバい。
「おい、車は」
「今回してる……そのまま両手押さえてろ」
「くっ……痛いってば!」
ヤバい。
ヤバいヤバい……ヤバい。
コイツら、ヤバい……!
何なのよ、なんでそんな簡単に明らかな犯罪しようとしてるのよ……おかしいでしょ!?
まだ日も沈んでないのよ!?
なんでっ!?
何でこんなにも堂々とやってるのよ!?
『――最近は犯罪が急増していますから、くれぐれも――駅の繁華街へは近寄らないように。 当校の生徒も、未遂とはいえ被害に――』
……あ。
話に夢中だったけど、確かHRで、あの優等生の白鳥が言ってた――。
「……このっ、このっ! 離しっ! なさいよっ!」
「そのハイヒールに気を付けろ!」
「大丈夫だ、こっちのリーチの方が長ぇよ」
「利き足の方は折れてるしな、2度目は無ぇ」
背も高くて腕も長い、しかも鍛えてる男があたしに覆いかぶさっている。
それに、話し方とか……明らかにこれまでのナンパ野郎たちとは……!
両手首を壁に押し付けられて動けないし、さっきは1人倒せた蹴りも届かないし……スマホも取れないし、仮に振り切れても、片方のハイヒール折れちゃってるし……!
「――誰か! 誰かいないの!?」
「お嬢ちゃん……ダメだなぁ。 このへんはもう普通のヤツは入って来れねぇんだよ」
「……そんな……っ」
「お前のせいだぞ!? コイツに執着して、顔も店も覚えられたから攫うしかなくなったんだからな!」
「だ、だってよ……」
「まぁ良いじゃねぇか。 こんな美人さんとナカヨシできるんだからな」
「俺ぁ腹ぁ蹴られて痛かったぜぇ……? その分は楽しませてくれよ?」
「ひっ……」
……そんな理由で。
あたしのことを数人がかりで……それに、車って。
体が冷たくなっていく。
指先から、おなかから、頭から。
力が、抜けていく。
「お、諦めたか」
「そうそう、殺しはしねえからよ。 ただちょっと――へぶっ!?」
その瞬間、急に――壁に押し付けられていた力が無くなって、あたしは思わず前に倒れ込む。
「……痛っ……」
コンクリートの床。
片方のハイヒールが折れてるからちゃんと立てなくて、思いっ切り手のひらとヒザついてマジ痛い。
……何でか分かんないけど、動けるようになった。
なら、すぐに――
「……え?」
「いやいや、男数人で女の子攫おうとしてるとか普通じゃないでしょ……そんなに治安悪くなってたの? ここ……怖っ」
あたしが、顔を上げた先。
そこには――
「……アキノ、ちゃん……?」
「踊ってみた」とか「お化粧講座」とかしてる、あの「アキノ」ちゃんが。
あたしたちの憧れで、インフルエンサーで、この前はパンクファッションとかしてたりするのに――しゃべり方はまるで男子みたいで、そこがカッコいいアキノちゃんが。
また新しい服、それもカッコいいので――あたしを押さえ付けてた男を、踏んづけてた。
◇
「こっ、このアマ……へぶっ!」
「イノシシさんみたいに突っ込んできてくれて助かるよ……っと」
ずざざざざっ。
悪い男たちの1人が馬鹿みたいに突進してきたのを足払い。
やっぱ女、いや、女の子だって思われると本気でかかってこないから何とかなるね。
じゃないと困る、だって今の僕の肉体は女の子だもん。
初見で舐めてくれるのって本当にありがたいね。
「ぬぐっ!?」
「はいはい、抵抗すると肩抜けるよーっと」
顔から地面に転んだ彼の腕を取り、しゅるしゅると抜き取った髪のリボンをきゅきゅっと後ろ手に。
……こういうときのためにつけてたリボンじゃないんだけどなぁ……そこそこお値段するのになぁ……まぁこれも店長さんのだけど。
「バッ、お前ら、何女相手にぶっ!?」
「その女相手に数で悪いことしてたのは君たちでしょうがっと」
多分リーダー格なチンピラさんの視線に入らないように横へずれ、そこからスライディング……からの、やっぱり足払い。
――ごんっ。
「へぐっ!?」
「……あ。 この人、すぐに病院連れてかないとヤバいな」
運悪く、落ちてた酒瓶に後頭部当てちゃった……だ、大丈夫だよね?
「このアマ……こうなったら」
ちゃきっ。
「――――――――」
その音で、僕の中の警戒度が最大になる。
「け、拳銃……に、逃げ!?」
助けたけど、恐怖からかぼーっとしてた女の子が、悲鳴を上げる。
「……と思ったけど、慣れてないなら大丈夫か」
「ぐぁっ!?」
てっきりすぐ撃つのかと思いきや、取り出してからかちゃかちゃ手元を見てたから、すかさず手首から蹴り上げて銃を空中へ。
……あ、思いっ切り脚上げたからあの子にぱんつ見られた……まぁいいか、女の子同士だし。
体が柔らかいから脚でさえ立派な武器。
ただし欠点は、スカートとかだとぱんつまる見えなこと。
「とりあえず寝ててね」
「へぶっ」
銃を蹴り飛ばした脚が着く前に、もう片方であごの蹴り上げ。
これで脳を揺さぶったからしばらくは無力化だ。
「……っと」
で、まーた治安悪く転がってる酒瓶に頭打ちそうだったのを抱えてやり、そっと横に。
「……おーっと兄ちゃん、どこ行くんだ?」
「押忍! 制圧ッス!」
「は? な、何だお前ら――――――――」
「く、車が――――――――」
ぶぅぅんとエンジン音がしたけども、すぐに聞こえなくなる。
……あー、車まで用意してたのか……マジで治安悪くなったね、このへんも。
いや、言っても中学卒業と同時に逃げてきたからまだ2ヶ月してないんだけどね。
「……あ? え? ……なんで?」
「……とりあえず離れよっか、ここ危険だし」
「え、あ………………………………ぴゃい……」
ぴゃい?
……んー、暗がりで顔はよく見えないけども、確かにうちの制服……で、シャツの着崩し方とか腰に巻いたカーディガンとか、僕の知ってるギャル系な生徒な彼女の腕を取り、
「――そこの人、すぐに病院、お願い」
「――ッス」
ぽそりとつぶやくと、ぽそりと返ってくる声。
うん、後頭部打っててもすぐ病院なら大丈夫……うん、大丈夫なはず。
大丈夫だといいな。
……もし死んじゃってたら、正当防衛ってことで……後味悪いけども。
でも大丈夫、きっと次の人生では良いことあるよ。
ほら、とりあえずこの僕がその証拠ってことで。
……ま、女の子とかになっちゃってるかもだけどさ。
「あの、えと、あたし……いや、私……」
後ろから助けた子が何か言ってるけども、今はそれどころじゃない。
「うーん……」
さて。
……おつかいのおかげで助けられたけど……この子、どうしよ。
◆◆◆
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