5話 僕のおつかい
おっつかい、おっつかい。
特におこづかいは出ないって言うか先払いしてもらってるおっこづかい。
あ、おつかいってのはあやしい隠語とかとかじゃないよ?
普通におつかいだ。
……TS転生して女の肉体を使ってー、とか、そんなロックなことできる勇気は僕には無い。
そもそも男に触られるとか……体育の授業で同世代の男子に触られるので限度だし。
それでもいろいろ感じるからやなんだけど、そこは元同性な同級生のよしみで我慢できるけどさぁ……。
何より、さっき店長さんに言ったみたいに僕は今世の僕自身が1番に大切だし。
さて、おつかい先は――何度も来てる、非常に落ちつける環境だ。
「明乃ちゃん、いつもありがとうねぇ。 うちの舎弟たちには任せられないから助かるよぉ」
「明乃の姉貴! オス! 姉貴!」
「今度稽古をお願いします! 押忍!」
「何度も言ってるがなぁ! 姉御に色目使ったヤツは小指から行くからなお前らァ!」
「「オス!!」」
ね、落ちつけるでしょ?
「僕が危害を受けない環境」っていう意味でだけ。
うるさいのはしょうがない。
元気があってよろしいってことで。
そういうわけで、おつかいはおつかいでも「表の通りを歩けないタイプの見た目した人たち」から物を受け取ったり渡したりするやつのために来たお店。
あ、これも非合法なものとかじゃないよ?
店長さんがそうだって約束してくれたし、ときどきこっそり見てみるけどオクスリとかでもないし。
ただ、手書きのお手紙とか、USBメモリとか……やめやめ、あの店長さんがそんなもん運ばせるはずがないない。
……ないよね?
「それにしても明乃ちゃん、いつ見ても本当に美人さんだねぇ」
「あ、息子さんとの縁談は結構ですからね」
「それなら」
「親戚のお兄さんとかも結構ですからね」
「もったいないねぇ……」
「押忍! この前もフラれた若旦那泣いてやした!」
「僕っ子姉貴! オス!」
うん、キャラはとてつもなく濃いけども、まぁ僕が触れる範囲じゃ悪いことはしてないから良いよね。
「――んー……ねぇ、明乃ちゃん」
「……どうかしましたか?」
いつもの雰囲気だった組長……もとい親分さん……もとい顔にでかい切り傷のあるだけの優しい優しいおじさんが、ぼそぼそと構成員……もとい手下……もとい従業員のお兄さんから耳打ちされ、いつにない声で話しかけてくる。
「そこの通りでね。 多分、明乃ちゃんの学校の子が絡まれてるぽいんだけど……どうするかい?」
「男子ですか? 女の子ですか?」
「明乃ちゃんの好きそうな子だって」
「人聞きの悪いこと言わないでください……女の子ですね」
「今度かわいい子紹介するかい?」
「はい!! ……こほん、結構です」
「明乃ちゃん、女遊びはほどほどにしなよ?」
「してませんから」
「じゃあ3丁目のガールズ」
「ほどほどにしますから誘ってください」
僕の精神力は極めて頑強だ。
よし。
さて、ここは一応うちの学校からは数駅、駅前にお店がいっぱいあるからうちに限らず、複数の学校の生徒も結構見かける場所。
……だけど、こんな夜の町なエリアに学生が?
いや、僕は例外としてさ……ほら、精神年齢は年相応でも前世の記憶っていう経験があるからさ。
駅前って言ってもちょっと歩いて、明らかにうろつく人のガラが悪いんだけどなぁ。
もう日が暮れてきて、普通の神経なら怖いと思うんだけどな……特に女の子なら。
まぁ、誰でも道に迷うことはある。
それこそ、黒木さんみたいなジャンガリアンハムスターがあわあわと迷い込むなんて想像しなくても分かるしさ。
……黒木さんじゃないよね?
体重も軽くて背も低くて声も小さくて気も弱いあの子じゃ、一瞬で連れ去られそうな――
「ふんふん……結構強気で抵抗してるけど、相手は新参者数人。 ナンパを断って頭に血が昇った子たちがやらかしてるみたいだねぇ」
あ、黒木さんじゃない。
あの子なら強気で抵抗するどころか、ガラの悪い人に近づかれたら卒倒するもん……いや、さすがにそれはないかな……?
「……あー、最近多いですもんねぇ、話が通じない人たち」
「どうしようかねぇ? こっちで助けても良いけど……ほら、見ての通り」
「お兄さんたちが数人向かったんじゃ、襲ってくる相手が変わったってだけにしか思われなさそうですね。 せっかく助けても通報されそう」
「悲しい! オス……」
「明乃の姉御……」
「女の子には泣かれたくないっす……」
「日陰者ッスから……」
ただの女子高生な僕がおつかい任されるんだ、ここの構成員もといお兄さんたちじゃ、貞操の危険どころか命の危険すら感じるかも。
「よし。 ちょっと失礼」
――――――――しゃりんっ。
「……メイク、OK……エクステも服も……」
ちょっと鏡を拝借して見た目のチェック。
「あ、あー。 声も変えてっと」
よし。
どこからどう見ても、学校での僕だとは思われないはずだ。
「うん、枝毛も……あ、あった。 切れ味良いなぁ」
「……明乃ちゃあん……勝手にポン刀抜いてほほえまないでぇ……それぇ、すっごく切れ味良いから見てるだけではらはらするのぉ……」
「姉御! 怖いっス姉御!!」
「会ちょ――親父さんの刀で毛先揃えないでくだせぇ姉貴!!」
「見てるだけで怖いっす!!」
「ポン刀持ってる笑顔が怖すぎるっス!!」
「あ、ごめんなさい。 ちょっと手鏡忘れちゃったので」
あとついでに、ただのおつかいだからって思ってスマホも置いて来ちゃってるし。
「はい」
ぱちんと刃をしまって、ちょっと細長い包丁を返してあげる。
包丁だからね?
細長くて鞘まであって、銘が掘られてて、なんか禍々しいだけの。
僕が包丁って言ったら包丁なんだ。
「……うち、明乃ちゃんに押し入られたら壊滅しない?」
「しませんしません、ただの女子高校生を何だと思ってるんですか」
「明乃ちゃん、どう見てもカタギだけど、だからこそ怖いんだよねぇ」
「そんなぁ。 こんなにかわいいだけなのに」
「カタギで普通の女子高校生はそんな反応しないんだけどねぇ……」
そう、今世の僕はかわいいんだ。
そして高校生からの僕は、こういうところでちょっとだけ発散するだけのおとなしい女子なんだ。
「じゃ、場所はヤスさんとこの路地裏だよ。 いざとなったら呼んでくれたら……お前たち」
「「押忍!!」」
「要らない……って言いたいとこですけど、僕もしょせんは女なので。 相手が油断してなければ普通に負けますし、いざとなったらお願いしますね。 武器とか持ってるかもですし」
「さすがに明乃ちゃんが危険だと思ったら」
「はい、そこまでになったらお願いします」
「――――――――いいな。 お前たち」
「「鉄砲玉なら任せてくだせえ!!」」
中学に入るくらいで身長も筋力も成長が止まるのが、女。
だんだんと同級生の男子たちにそれらで負けていくのをかみしめた中学時代。
力では敵わない。
それが、女っていう生きものだ。
だからこそ、簡単だけど護身術も学んできたし……ま、なんとかなるでしょ。
少なくともメンタルだけは男だから大丈夫大丈夫。
◆◆◆
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