第16話 エレクトリック・ダンス

「そんな……」


 僕は呆然とした。気が遠くなる一歩手前で、河守が僕の顔を覗き込んでいることに気がついた。


「大丈夫……? 雷蔵さん? 現奈々川首相はエレクトリック・ダンスに絶対反対なのは、目に見えているわ。現奈々川首相の暗殺はかなり高い可能性だと思うの。そこで、私と姉さんはそれを阻止することにしたのよ。だって、A区に住んでいる私たちにとって、また非人間的な社会になったら搾取されるだけになってしまうから……。基本的にA区からはB区には移り住めないし。スリー・C・バックアップのデータと共にエレクトリック・ダンスのデータを盗んだら、C区の陰謀を知って狙われるよになったんだけど。後、原田さんには協力してもらっているわ」


「え? 僕の指示で動いた原田が率先して、最終的に君たちに頼んだのでは?」


「違うわ。順序が逆なの……。元々私の姉さんが四日前に、現奈々川首相が可決する前にだけど、スリー・C・バックアップのデータと共にエレクトリック・ダンスのデータを入手していたのよ。そして、私と姉さんはエレクトリック・ダンスを阻止する計画を立てていたの。そこへ後から原田さんとあなたたちが来たのよ」


 九尾の狐がウェイトレスからコーヒーと砂糖を貰ってこちらに向いた。


「スリー・C・バックアップとは、表向きでは心・技・体の三つのスローガンから成り立つノウハウのアップデートプログラムよ。まあ、心・技・体っていうけど、ノウハウには心は入れられないわ。ただの老人福祉のためのクリーンな建前なのだけど、クオリティの高さは世界でも引けを取らないわ」

 九尾の狐はコーヒーに砂糖を大量に入れた。

「何故、僕を巻き込んだ」

「あっきれた。自分から首を突っ込できたんじゃない」

「そうだったかな……」

「雷蔵様~~。ようはこれから、そのスリー・C・バックアップのデータとエレクトリック・ダンスを~阻止して~。奈々川首相と一緒に守ればいいのですね~~」

 ヨハがニッコリとした。

「そうだ……そうだよ」

 僕は立ち上がろうとした。


 晴美さん……。


「駄目よ。C区から盗んだスリー・C・バックアップのデータは、どうやらダミーだったのよ。それに盗んだことに気が付いたC区が一斉に私たちを狙ってきたの」

「え……?」

「つまり、本物はもう現奈々川首相に渡っているわ……」

 河守は俯いた。

 九尾の狐はコーヒーに口をつけて、

「あなたの協力がないと、現奈々川首相の暗殺は防げないのよ……。スリー・C・バックアップとエレクトリック・ダンスは昼と夜の顔。二つとも関連しているの」

 一人の男がこのテーブルへやってきた。

 僕の唯一の友人の原田だ。

「雷蔵さん。俺は雷蔵さんのためにと一芝居うったんですよ」

 小心者でお調子者な原田は、長身で茶髪でラフな格好をしており、度なしレンズのお洒落なメガネを掛けたハンサムなおじさんだ

「あっきれた。ことの真相を知って、C区が怖くてかくまってくれって言ったのは誰?」

 河守があきれた顔をして、言葉をつづけた。

「雷蔵さん。原田さんは今まで、ただ単に表舞台に、出るに出れなかっただけなのよ。私たちに関わった以上はね」


 僕は混乱した。


「つまり、偶然にも雷蔵様と原田様と目的のスリー・C・バックアップだけが一致していたと……。そして、そのスリー・C・バックアップのデータを一足早く河守様たちが入手していて、その裏の顔のエレクトリック・ダンスに気が付いたのですね」

 僕の隣のマルカが言葉の内容を整理した。

「ええ。そうなるわね……それで原田さんと一緒にC区が怖くて今までこそこそ隠れていたの。けど、姉さんが真っ先に盗んだスリー・C・バックアップのデータは、元々はどんな企業でも欲しがっているわ。ダミーだったけどね……。そして、たまたま矢多辺コーポレーション……同じ会社に勤務している雷蔵さんが一番に競争相手を蹴散らすことが出来たのよ。原田さんがすぐにこっちに気が付いたし……」


 河守の言葉に原田は苦い顔をした。

 原田は昔、有能なフリーの探偵だった男だ。

 治安がよくなってから、僕の利用と雇用がごっちゃになった関係で友人となっていた。


「雷蔵さん~。これからどうしようか~」

 原田は心配げな声をしている。

「いつ頃、スリー・C・バックアップのデータの裏に気が付いたのかな?」

 僕は話の順序を整理するために言った。

「それも四日前よ」

 九尾の狐がいとも簡単にそう言った。

「あの電話は一体?」

「少しややこしいけど、聞いてね」

 河守がニッと笑ったがすぐに俯いた。

「最初は本当にお金だけが目当てだったのよ。スリー・C・バックアップのデータを誰かに10憶で買ってもらいたかったの。だけど、スリー・C・バックアップの裏に気が付いて、10憶どころじゃないって大騒ぎ」

 河守は力なく笑うと、

「最初は、私と姉さんがC区を警戒していればいいだけと思ってたの。それで、A区に引っ込んだんだけど……」

 原田はマルカの肩を撫でて、

「でも、俺はそんなんじゃダメだって言ったのさ。相手が巨大すぎる……」

 河守は俯きながら、

「そう、それで私たちに関わった原田さんがある計画を考えたのよ。雷蔵さんをおびき寄せて協力してもらえばなんとかなるって。元々、C区は私たちと雷蔵さんが絡んでいる情報は何らかの方法で入手しているわ。だから、あなたを狙っていたはずなのね。電話で全てを話してしまうと、こちらの居場所も気が付いてしまう……。相手は多分、高度な盗聴か何かで私たちの動向を探っているようね。……私たちの居場所がバレると命に関わるわ。でも、とっても強い雷蔵さんがここまで来たら、当然、私たちの勝ちよ……」


 そこまで話すと河守は僕の顔を見つめて、ニッと笑った。


「ちょっと、待ってくれ。何故僕のなさ」

「それは簡単。雷蔵さんほど強い人がこの日本にいるかしら?」

 僕は吹き出した。

「……解った。君たちは凄いんだね」

 僕があっさりとした会話にすると、

「もうー。雷蔵さんはそうやって、命を無駄にしそうだから、大変なのよ……」


 河守が呆れだしたが、話を続ける。

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