第17話
「まさか電話で言うわけにはいかないでしょ……。こんなことだもの……。雷蔵さんがこっちへ(A区)こないといけないし……簡単に言うと危険を知らせてこっちに来てもらうってわけ……」
原田はマルカの肩に馴れ馴れしく手を置いている。
「いやー、敵がC区だから危険過ぎて大変だねー。あ、雷蔵さん。これからどうするの?」
原田は少し震え声だけど気楽に言った。
「多分、敵はエレクトリック・ダンスを僕が知るのを感づいているはず」
「そうだねー。そうだよー」
原田は首を捻り、色気づいて今度はヨハに抱きついた。
「雷蔵様~~。正攻法~~。C区と戦争をするのは~どうですか~~」
「うーん……まずは、できるだけ情報を集めようよ。こっちには九尾の狐と原田がいるんだし。エレクトリック・ダンスのことをもっと知ったほうがいいと思うんだ」
と、その時にマルカが立ち上がり、緊張したヨハが原田を押しのけた。
「雷蔵様~~!! 警戒して下さい~!! 敵が来ました~。C区のノウハウが10番アーチと5番アーチと1番アーチから、それぞれ5体来ました~~!!」
「喫茶店の裏から逃げましょう!!」
九尾の狐は小型の端末を折り畳みショルダーバッグに入れると、カウンターの奥の喫茶店のマスターに合図を送った。
喫茶店のマスターは遠くで頷くと、こっちへ来いと手を振り誘導した。
カウンター席からは九尾の狐の護衛のノウハウが二体席から立ち上がった。手にはそれぞれベレッタを持っている。
僕たちが質素なカウンターの奥へ行くと、飾り棚に並ぶ多種多様なコーヒーカップを目の当たりにする。左の方に更に奥へといく通路があった。そこは木製の壁で出来ていて、裏口に通ずる出入り口がある。大人が屈んでやっと入れるような小さな木製の引き戸だ。
「雷蔵様。危険です!!」
喫茶店の窓の方の無数の銃声と同時に、マルカが急に身を屈めようとした僕を庇った。
窓ガラスが粉々に破壊される。鏡の飾り付けがある壁を突き破った弾丸が、マルカに被弾する。外で散開している15体のノウハウが、サブマシンガンを一斉に撃ってきたのだ。大量の弾丸は店内のお客を殺戮する。僕はマルカの腕の間から外を見ると、九尾の狐と河守の護衛をしているノウハウと6体の狙撃銃を持ったノウハウがすぐさま応戦していた。
ヨハとマルカが自分たちの体を盾にして、僕たちを木製の壁の通路へと逃がしてくれる。喫茶店のお客が一人また一人と次々に撃たれて倒れていった。周囲にバラバラとコーヒーカップや皿が散乱する。
「雷蔵様~~。河守様~~!! 身を低くして~~下さい~~!!」
ヨハの間延びした声は、緊急時には向かない。けれども、ヨハは僕と河守を守って、被弾していた。超特殊ラバー組織の覆うヨハの体は弾丸を受けてもその弾力でびくともしない。
「身を低くしてください!!」
マルカも九尾の狐と原田を守るため体を盾にした。
僕たちが引き戸から出る頃には、荒廃した喫茶店のお客とマスターはみんな死んでしまっていた。
鉛色の空の外へ出ると、後ろから15体ものノウハウが追いかけているのが金属の足音で解る。大通りを行き交う人々の驚きの顔が僕の脳裏に焼き付いた。
―――
那珂湊商店街の喫茶店から、僕たちは九尾の狐の指示でA区の河守の住んでいる青緑荘へと戻った。那珂湊商店街では僕たちがいるとかなり被害が大きくなるからだ。河守の住まいは青緑荘(島田と広瀬の住んでいるところ。また、夜鶴が昔住んでいた)の202号室だ。その近くに藤元が住んでいるから人が死んだとしても、生き返らせることができると考えたのだろう。そして、念の為にアンジェを呼んだ。自宅の警護は複数のノウハウに任せた。もう手薄でも構わないだろう。
201号室の2LDKに着くと、河守が奥のリビングルームで私服に着替えた。九尾の狐は、エレクトリック・ダンスの情報を入手するために、さっそく小型の端末をいじり、原田はマルカを連れてリアルの情報屋へと会いに早々に外出をした。
着替え終えた私服の河守と、僕はベランダへと向かった。
外はしんしんと雪が降り積もり、11月の空は暗雲の冬空へと変わっている。
「雷蔵さん。あなたはどうしてスリー・C・バックアップに引き付けられたの?」
ベランダで、唐突に河守が聞いてきた。
「え? どうしてかって? 正直……解らないんだ」
「へ……?」
僕は暗い空を見つめた。
「僕は昔から吸血鬼が血をほしがるように、いつもお金を欲しがるんだ。何故だろう……?」
「お金には一生困らないのにね……」
河守が呆れた。
「ああ……」
僕はスリー・C・バックアップのデータを何故欲しがるのだろう。
ヨハの言葉を思い出した。
そうだ、誰かに聞いてみよう。答えを持っている人がいるはず。
僕が口を開こうとしたら、
「あのね……。こんなこというのもなんだけど、あなたは自分をよく知らないのよ」
「え……?」
「そう。確かにあなたは片方では強いわ。巨万の富を持っているし、この日本で屈指の大金持ちだし……。でも、自分すら知らない。だから、あなたは自分自身の力で自分を知りたいのよ。より良くて、本当の自分をね。でも、自分を知らずに、会社でも日常でも簡単に大勢の相手を蹴散らしてしまうから、いつも欲求不満で……だって、そうでしょ。ライバルもいない。周りはいつもへこへこしている。内面に満たされない攻撃的になっている欲求が周囲を彷徨っているんだわ」
僕は経済の神のはずだ。
でも、人間なのか?
「僕は神なのか……? それとも、人間なのかな……?」
「あっきれた。神なんかじゃないわ。あなたは人間よ。そして、その中でも非常に弱い人間よ」
「……え?」
「あなた。ここA区で一から生活したら……。きっと、本当の自分を見つけるわよ」
「……そ、そんな……」
「まあ、無理だけどね」
河守は悪戯っ子のように笑った。
「さあ、難しい話は置いておいて、今日の夕食を買いに行きましょ」
「ああ……」
僕と河上がコンビニに行こうとすると、九尾の狐が甘い物も買ってきてと頼んできた。僕は頷くと、用心のためにヨハを連れていった。
「かしこ~まりました~」
ヨハはこの緊急時でも、のんびりしながら、鼻歌まじりに歩いて外へと出た。
外は雪が降り積もっていた。
「夕食は何に~しますか~」
ヨハはコンビニの店内でサラダパック片手に、仁王立ちしていた。
「ああ……牛丼弁当とフライドチキン」
ヨハがサラダパックごと精算していると。
コンビニの流谷は、河守のデミグラスソースのカツレツとあんドーナツを数個。かにチャーハンを精算してくれていた。
コンビニの外へ出ると、「いつもありがとうございます」と、 リアルの方の僕に、流谷が笑顔で手を振っていた。
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