第3話

 二年後……


 愛車を駐車場へと止めると、いつも朝の8時だった。ピンク色のクマのキーホルダーのある鍵を茶色のチノパンから取り出し、アパートの105号室を開けた。

 傘立てが占める玄関で作業靴を脱いで部屋へと入ると、缶ビールをキッチンの冷蔵庫から取り出し、テレビを点けた。


「お早うござます! 云話事町TVです!」

 いつもの美人のアナウンサーの声を聞き、ニュース番組が始まる。

 背景にはここA区という場所の街並みが見渡せる。

 健やかな日差しが降っている。

「今日は晴れ。昨日の曇り空がまだ残っていますが、きっと晴れるでしょうッス! ところで、今日も云話事町A区にお住まいの云話事町新教会の教祖。藤元 伸二さんです。どうぞ!」

「はい。藤元 伸二です。誰か私と一緒に宗教しましょうよー!!」

 そう叫んだ藤元は20代半ばで、後ろだけ長い黒髪をしている。前髪は均等におでこで真一文字、色白の肌にメガネを掛けた男だ。背格好は小柄に見える。安物の白いTシャツと黒のオーソドックスなズボンに白のスニーカー。

 片手に神社なんかでお祓いをする棒(大幣 だいへい)を持っている……。

「はい! 信者の勧誘はそこまでです!」

 美人のアナウンサーが眉間の皺を気に出来ないほどに微笑む。

「だって、誰も入ってくれないだもん。僕の宗教……そんなに不気味?」

 藤元は頭を垂れる。

 後ろにはちょっとした人だかりが出来ていて、その中から笑い声がする。

「そんなことより!!」

 アナウンサーは一変し微笑みながら。

「今日のお天気は!!」

「きっと、晴れですね。お日様見えますから……」

「今日の運勢は!!」

「はい。昨日の夜空に凶星が有りました。それは、1000年に一度しか見えない星です。みなさん……とても大変な日になります。気を付けて下さい……」

「え!?」

「財布を落としたり……ドブに靴を落とさないようにしましょう」

「小さい!!」

 美人のアナウンサーが手に持ったマイクで、藤元の頭を叩く……。


 テレビを消すと、自然と疲れがでてきてベットへとダイブしに寝室へと行く。

 目覚まし時計を17時にセットする。朝食と昼食は取らない。

「今日もお疲れ様」

そう自分に言い聞かせた。


「わん!」

 スケッシーの頭を撫でる。年中発情期な特殊な犬だった。道端でメスとじゃれ合って空腹で倒れていたところを私が助けた。

 以来、私に懐いている。

「わん! わん!」

 スケッシーが空腹を訴える。

「もうこんな時間か」

 私は格安で購入した黒のパイプベットから起き上がり、目覚まし時計を見た。

 時間は17時少し前だ。

「腹減ったな」

 私は目覚まし時計を消してキッチンへと行き。今朝買ったコンビニ弁当を広げた。

「今日はパスタ」

 スケッシーが尻尾を振って私にまとわりつく。

「うん。うまいな」

「わんわ。わん」


 スケッシーが床に置いてある。ドックフードの塊に顔を埋める。

 いつものテレビゲームをやるため座って本体の準備をした。その間、スケッシーは、テレビに向かって胡坐をしている私の膝の上に寝そべる。

 今日は昨日よりもハイスコアを狙いたい。

 テレビ画面に見入っていると、電話がなった。

「もしもし」

 私は電話の受話器を持ち、片手で銃の形をしたコントローラーを操作した。勿論目線はテレビ画面だ。

「やあ。夜鶴くん。明日の火曜日は休んでくれないか」

 工場リーダーの田場さんだ。

「ええ。いいですよ」

 私は二つ返事で答えた。当然目線はテレビ。頭の半分はテレビゲームの(ガンシューティングだ)スコアが埋める。

「その日は丁度ゴミの日ですし」

「そうか。我々夜勤隊の天敵はそういったものだよな」

「ええ。毎回苦労しますよ」

「本当にな。でも、やっぱり給料がいいから仕方のないことだよ。じゃ、よろしくね」

「御疲れ様でした」

 私は電話を切ると、丁度テレビゲームのスコアが昨日よりも少し上がっているところだった。

 しばらくして、ゲームの本体を片づけると、友人の鳥田へと電話した。

「おはようっス」

 鳥田がハイテンションで電話に出た。


「なあ夜鶴。今日は何点だ」

「150点。今いいところなんだ。新記録樹立中さ」

「ふえー。俺なんて95点だぜ。よく取れるなー」

 島田も同じゲームをやっている。島田との付き合いは2年前からだ。私がリストラになって、B区から家賃の安いA区の中央部に来た時に、島田が暴漢と揉め合って銃撃戦になっていた時に命を助けた。今では恩を感じてくれて一番の友人となっている。島田は生粋のA区という場所の住人だった。


 年は私と同じく25歳。


「お前も今週の火曜は休みになったのか?」

 私の目線は今やテレビから離れて、膝の上のスケッシーの頭だ。もう今日はこれ以上は暇を潰していても仕方がないと思った。

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