最終話 あるべき場所へ(6)


 キスの先にあるものが気持ちいいと身体が思い出して、勝手にとろけてしまう。彼の唇が離れた時には、私の身体は緊張をなくし、彼の下に横たわっていた。


「紫貴……キス……」

「フフ、わかった」


 紫貴が服の上から私のお腹を優しく撫でると、熱い息を吐く。彼の頭を引き寄せてもう一度キスを強請れば、彼は嬉しそうにまた私の唇を舐めてくれる。


(なんでこんなに気持ちいいんだろう)


 夢中になって彼の舌を追いかけている間に、気がついたらシャツのボタンはすべて外されていて、ブラのホックまで取られてしまっている。彼の器用な手がシャツの下、背筋を撫であげるだけで、猫みたいに腰を反ってしまう。


「ん、ふぁ……」


 彼の手がデニムの上からお尻を撫でる。タイトなデザインとは言え厚い生地の上からじゃ、彼の手の温度がわからない。


(遠い……やだ……)


 私は左手でデニムのボタンを外し、自分で下着ごと腿の下までずらした。すると、彼の意地悪な唇が私の唇から離れて、ニンマリと笑顔を浮かべる。


「……余裕そうだね、みどり」

「意地悪言わないで……触ってよ」


 彼の手がお尻を撫でてくれる。その冷たさが私の記憶をまざまざと蘇らせていく。口から勝手に熱い吐息がこぼれた。


「ハ、……気持ちいいの。もっと触って……」

「みどり、お尻好きだもんね」

「そうなの……?」


 彼の手がお尻をなぞるだけで、お腹の奥が飢えていく。


「知らなかったの? 俺が好きだから、君も好きになったんだよ。胸もお尻も、背中も首も……」

「ァ、……嘘、……」


 たしかに彼の身体が触れるだけで、どこも気持ちがいい。

 いつもは私の意思のままに動く肉に過ぎない身体が、彼に触れられるだけで違うものになってしまっていた。この三年の空白が嘘のように、私の身体は彼のためだけに女となって、開かれていく。


「かわいい、みどり」


 彼の指がお尻にまでこぼれた私の蜜をすくって、広げてしまう。


(嘘、嘘……もうこんなに濡れてるの……)


 恥ずかしさすら気持ちよくて、勝手に声が漏れる。自分の声が媚びていることに、また気持ちよくなってしまう。

 彼の唇が私の耳に触れる。


「俺が君をこうしたんだ。……思い出した?」


 悔しいぐらいに、彼は私の身体を知りつくしていた。


「……ずるいわ」

「何が?」

「上手くてずるいっ」

「アハハ、まだこれからでしょ」


 彼は笑いながら私のデニムを足から引き抜いてくれた。そのまま彼は私の足を取り、足の甲にキスなんかしてくれる。


「みどりは騎乗位を習ったって聞いたよ?」

「いつの話してるのよ……忘れて、そんなの」

「忘れられないよ。それだけを楽しみにこの三年、仕事してたんだから」

「何言ってるのよ、馬鹿な人ね……」


 そんな風にふざけながら、彼は足の甲から足首、ふくらはぎ、太ももと、親愛のキスを落としていく。足の付根を甘く噛んでから、彼は私を見上げて笑った。


「それで、俺のセックスは犬みたいだったけ?」

「それは私が言ったわけじゃ……ちょっと!」


 しかし彼は私の両足を広げて、本当に犬のようにしゃぶりついてきた。まさかいきなりそんなことをしてくるとは思っておらず、抵抗が遅れてしまった。


(嘘でしょ! シャワーも浴びてないのに!)


 彼の口が期待に濡れている私の柔らかな肉ごと内側の粘膜まで吸い上げてしまう。彼の平たい舌が入り込めば、待ち望んでいた私の身体が勝手に彼を奥へ奥へと誘ってしまう。


「あっ、紫貴、しきぃ、だ、あん! いあ、あ、あ、う……あ、んんっ……」


 止めないといけないとわかっているのに、子宮にまで直に響くような性感に、止める言葉の代わりに意味のない喃語になってしまった。そうなればもう彼の独壇場だ。抵抗する気を失った私の足を押さえるのを止め、彼の指まで入り込む。私すら知らない私の中を彼の指は迷わずに進み、私の弱いところをくすぐってしまう。


「あぁっ、それ、だめぇ、気持ちいいからぁっ……」

「……だめじゃないでしょ?」


 彼の舌が引き抜かれ、代わりに節ばった指が更に奥に入っていく。私の体の内側は、全て彼に触れられたがっていた。だから熱く濡れて、こぼれて、開いて、下りてしまう。彼の指はそんな私の飢えきった身体を満たすために、淫靡な音を立てながらかき混ぜてしまう。


「みどり、イッて?」

「やっ、や、私だけ、や、あぁん!」


 もうとっくに限界だけど、それでも自分だけなんてと首を横に振るが、彼の指はそんな私を咎めるように追い詰める。それどころか赤く尖った陰核まで親指で撫でられてしまう。処理できない気持ちよさに、私は枕を後ろ手でつかみ、後頭部をこすりつけながら、甲高く喘ぐしかできない。


「みどり、我慢しないで」

「だってぇ……ひあっ、こんなすぐ、やっ、あぁ……ひかないで……嫌わないでっ」

「……フフ、犬に言うこと?」


 彼の舌が必死に耐えていた陰核に触れる。見ると、彼は上目遣いで私をじっと見ていた。彼の目が孕む甘い愛情と激しい欲が、私を追い詰める。


(こんな……もぅ、ああ、うそ、だめ、……)


 彼の作り出す大波に、私に術はなく、一気に高みにまで押し流されてしまう。


「イッ――――――!」


 堪えようがなく、あっという間に達してしまった。


「ァ、……あ、……」


 チカチカと頭の中で火花が散り、全身がガクガクと震える。はあ、はあ、と荒い息を吐きながらベッドに体を預ける。


「ハ、可愛い声……」


 彼が私の中から指を抜くと、余韻に震えている入口にまたキスをした。それどころかペロペロと犬のように舐め始める。


「ひゃっ……やめっ、あっ! 紫貴っ、もうだめ! 粘膜を舐めないの、わんちゃん!」

「フハッ! 粘膜って……こんなところで笑わせないでよ」

「あなたがいきなりっひゃぅ……もう!」


 まだ気持ちよさに震えている私の太ももを噛んでから、彼が隣まで上ってきた。隣に転がった彼を睨むと、彼は不思議そうに首まで傾げる。


「なあに? 俺は君が嫌がること、したことある?」


 言外に、本気で嫌がってないでしょう、と言われ、自分のはしたなさが恥ずかしくなる。だから、照れ隠しに彼を睨む。


「薬漬けにはしたでしょ」

「……それは忘れてくれ」

「む、無茶……」


 私のライフイベントランキングを作るとしたら間違いなく上位に入ってくる大事件だというのに、彼は悲しそうに眉を下げる。そんな顔をされたらこちらも悲しくなってしまう。


(ずるいなぁ……)


 悲しそうな眉にキスをして、彼の頭を抱きしめる。私の胸の間にうずまった彼の顔は驚いていた。


「わかった、忘れてあげる」


 彼は瞬きをした後、微笑んだ。


「何言ってるんだ。あんなひどいこと許しちゃだめだよ。死ぬまで怒らないと駄目」

「何よそれ!」


 無茶苦茶な言い様にお腹から笑ってしまった。彼も私につられたのか、私の胸の間でケラケラ笑う。その吐息がくすぐったくて、また笑えてしまう。


「フフフ、あぁ、だめだ、なんでこんなおかしいんだ……みどりだなぁ……」

「何よ、それ、フフフ……私のせいなの?」

「ウン、みどりがいるとさ、おかしいんだ、……フフ、あァ、本当に、……」


 彼が両手で私の頬を包んだ。彼の指に触れて、自分が泣いていたと気がついた。


「君がいるからこんなに笑える。君が俺を人にしてくれたんだ。……、みどり、ありがとう」


 彼が私を呼ぶと、私は世界で一番美しいものになったようにさえ思える。彼の頬を両手で包み、キスをすると、それだけで心が満たされる。


「紫貴」


 でも、それだけじゃ満たされないのが人間だ。私は彼の身体に足を絡め、引き寄せた。


「恥ずかしいこと言ってないで早く抱いてよ、ダーリン。お腹すいたわ」

「フフ、わかった。俺も腹ペコだ」


 私達は笑いながらようやく三年間の空腹を癒やした。


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