最終話 あるべき場所へ(5)
涙がおさまってから、ハッと気がつく。
(ここ、路上!)
それも観光地のど真ん中だ。こんなところで泣いていたら人目に付くどころではない。なのに、紫貴は私を抱きしめるだけでなく、背中を撫でたり、腰に触れたり、頭にキスしたり、徐々に『そういった雰囲気』を出していく。
「みどり……」
彼の低い声はもう『色』を帯びていた。
ここ三年全くなかった色っぽい状況に耳が耐えきれず、カアと熱くなるのがわかった。身を引こうとしても、彼は耳にキスまでしてくる。
「ヤ……」
身体が熱くなり、背筋が震え、息が漏れる。彼の手がその意図をもって私の体を撫で、その唇は勝手知ったる乱暴さで私の耳であそぶ。私の体は抵抗もできず、力が抜けてしまう。この先、どんなことがあるのかを知ってるから、彼に全て委ねてしまいたくなる。
(だめ! 外なんだってば!)
私は震える喉を開いた。
「や! やだ、やめてっ、外だよ、ここ……」
なんとか彼の胸を叩くと、彼は狼藉をやめてくれた。代わりに私の肩に両腕を預けて、甘える顔で首を傾げる。
「ここはローマだよ? そこかしこでみんな抱き合ってる」
周りを見れば、たしかにカップルたちはみんな距離が近く、私達みたいに抱き合っていても目立ってはいなかったようだ。
(だからいいって話じゃない!)
私は熱くなっている耳をおさえて、彼を睨む。彼は自分の唇をいやらしく舐めた。
「デートだけで、我慢しようと思ってたんだけどな」
彼はニンマリと笑った。
「……外だから、やなんだ? えっちだなぁ……」
ゾッとするほど色っぽい声だ。
口を戦慄かせていると、彼はゴクリと唾を飲んだ。彼の目が据わり、まるで捕食者だ。
「選ぶ権利はみどりにあげる」
彼が小さく口を開く。
白い前歯、赤い舌が、怪しく私を誘う。
「俺と、したいだろ?」
彼は目を細めて、うっそりと、色っぽく笑う。
(こんな顔、……ずるい、……)
彼は私の手を取って、親指にキスをすると、舌先を出して、見せつけるように私の指を舐める。彼の前歯が私の爪をかじってしまう。
「し、き……」
ゾワゾワと寒気が走り、目が潤んで視界が歪む。彼の色気に耐えられず、膝が震えて出した。誘われるままに彼に顔を寄せ、なんとか彼の頬にキスをする。
「も、……だめ、……お願い、……ゆるして……」
絞り出せたのは、泣き声だった。
ゴクリと紫貴が唾を飲む。彼の目は欲を孕んでいた。その目で見られるだけで頭の中で火花が咲く。
「……、欲しい……」
彼は低い声でつぶやき、しかし、深くため息をついた。
「泣かないで、……いじめすぎたね」
そうして、その顔はもういつもの穏やかな顔だ。
(また気遣い……もう、そういうところ……)
だから背伸びをして唇を奪った。前歯が当たる。でも三年ぶりのキスで、痛みなんかわからない。彼の下唇を軽く食んで、それから離れる。
彼が目を丸くして、私を見下ろしている。
「世界なんていらない、安全なんか知らない……危なくてもいい、怖くてもいい、死んだっていい、……紫貴と、したいよ」
彼の目が一瞬で色を変えた。
肩を掴まれたと思ったら姫抱きにされ、あっという間に紫貴は目の前にあったホテルに私を連れ込んだ。ホテルマンは紫貴のことを知っていたのか手続きもなく、流れるように最上階の部屋に案内される。
紫貴はホテルマンに札束のチップを渡すと、ホテルマンが部屋から出るのも待たずに、私のコートをひん剥いて私をベッドに放り投げる。
「ア、荷物……」
「後で届けさせる」
彼は白い服を乱暴に脱ぎながら、私を組み敷いてしまう。
「待って、ホテルの人が……」
「みどり、意地悪しないで」
ホテルマンが親指をたてて部屋から出ていくのが視界の隅に見えたとき、彼の手が私の頬をおさえた。
「俺に集中」
「ア、ウン……」
「気のない返事だな? 余裕じゃん」
そんなことないと否定する前に、彼が私にキスをした。
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