第4話 夢見るように触れる(4)


 私をベッドに下ろすと、彼は私の上に覆いかぶさってキスを始めた。今度は最初から深く、性的だ。舌で歯列をなぞられると、何故か足の指が動いてしまう。自分の舌をどこに置いたらいいかさえわからなくて、彼に身を委ねていると、彼の人差し指が下着の上から胸に触れた。


「ひっ」


 あの悪夢のような初体験のとき、胸は乱暴に扱われた。そのことを思い出してしまった身体が固くなる。が、予想を裏切り、彼の指は下着のレースを優しくなぞるだけ。それよりもキスが深くなり、上顎までいじめられてしまい、気が遠くなる。


「ふぁ」


 そうして力が抜けたところで、ふに、と彼の指が私の胸に触れた。ゾワゾワと全身が総毛立つ。警戒のとれた私の身体は彼の指を受け入れ、まるでマッサージを受けるかのように気持ち良さだけを享受していく。


「ふ、う、……」


 私の口から声が漏れ始めると、彼の手はさらに大胆になる。ブラジャーの中に差し込まれた彼の手が優しく私の胸を包む。形を確かめるように胸を揉まれると、今まで感じたことのない何かが足の指から頭の先に走っていく。彼がキスをやめ、みどり、とかすれた声で私を呼んだ。返事をしようとしたが、その前に彼の舌が私の耳に触れていた。


「ひぁ」


 濡れた音が耳に直接注がれる。脳が溶けていくような、感じたことのない妙な気持ちよさに目を閉じる。すると彼に触れられた胸の触感がさらに響いて、体の奥が熱くなる。頭の中は溶けそうなのに、身体は妙に緊張して、膝をすり合わせる。

 彼の身体が私を優しく押しつぶすと、互いの香水が混ざり合って、甘やかな匂いになった。汗ばんでいるのか濡れているのかもわからない、ただ、湿っている。どんどん知らない世界に連れていかれるみたいで、少し怖い。だけど、止められない。

 彼の手が私の腹に触れたとき、ふに、っとした。その事実にハッとして、カアっと頭が熱くなる。


(肉だ! 今のは、絶対に肉だ! やだ! 筋トレしてればよかったー! ばかー!)


 半泣きになりながら身を強張らせると、彼が私の額にキスをした。


「みどり?」


 恐る恐る顔をあげると、彼は優しく笑っていた。高められていた『そういう雰囲気』を壊した上で、「どした?」と微笑む。そのことにホッと身体から力が抜けた。


「ごめんなさい、慣れてなくて……」

「俺に? じゃあ触って。慣れるまで」

「さ、触ってって……」

「脱がして、ダーリン」


 低く甘い囁き声に首筋に寒気が走る。


(な、……泣きそう……)


 うながされて彼のスウェットをめくると、模様だらけのお腹が見えた。へそにまで模様がある腹は、ボディービルダーのようにボコボコしている。


「ずるい……」

「ずるい?」

「私も筋トレしておけば……」

「何の話してるの」


 クスクスと彼はいつものように笑う。それが悔しくて、エイっと彼のスウェットを胸元までめくる。彼は「ありがと」とスウェットから頭を抜き、ポイとそれをベッドの脇に落とした。

 晒された彼の上半身には、龍がいた。


(しかも二匹。いや、二頭……?)


 彼が私の両手首を掴むと自分の胸に導く。龍の模様の入った彼の筋肉でできた彼の胸は、私のものよりも弾力があった。ふに、とした感触が気持ちよくて、手のひらで彼の胸を撫でる。


「ン、……」


 視線を上げた先にあった彼の顔は欲に濡れていた。その欲はあっという間に私に感染していく。恥ずかしくて彼から手を離そうとすると、彼が私の手首を握り直し、微笑む。


「みどり、もっと触って。君が触れてくれると気持ちいい」

「そ……んな、恥ずかしいこと……」

「恥ずかしくなんかないよ、嬉しいことだ」


 彼は慰めるように、諫めるように、優しいキスをしながら、私を抱き起こして膝に乗せた。彼のセットされた髪や汗ばんだ肌から上質な香りがする。


(甘くて苦い香り、……好き……)


 彼の肩に手を回してぎゅうと抱きしめると、彼は嬉しそうに「くすぐったい」と笑った。少しも嫌そうじゃないことにほっとする。


「ね、怖くないでしょ? 全部、みどりがしたいようにしていいんだよ」

「したいように……」


 ふと、デート前に検索した『能動的なセックス』を思い出した。


「その……のけぞって叫んだりした方がいい?」

「エクソシスト?」

「そう……そうだよね、フフ」

「やっと笑った」


 彼の唇が喉に触れ、鎖骨に触れ、胸の谷間に触れる。銀髪を撫でると、彼が上目で私を見つめた。目でも触られているみたいで、息が漏れてしまう。

 彼の前歯がフロントホックをかじると、パチ、と音を鳴った。おさまっていた胸がホロとまろびでると、彼がゴクリとつばを飲んだ。その生々しい音に、ビクリと膝が勝手に震える。


「みどり、膝立てて。その方が触りやすい」

「……うん……」


 恥ずかしいけれど言われた通り、彼の足をまたぐようにして膝を立てると、彼に胸を差し出す形になってしまう。彼は私の腰を抱き寄せると、私の目を見ながら、胸の間におさまってしまう。ちゅ、と軽いリップ音を立てて、彼が私の胸に触れる。


「ア、……」


 ドク、ドク、と自分の鼓動が反響してくるみたいに聞こえる。鼓動に合わせて顔が熱くなり、下腹部がソワソワと震え、勝手に腰が揺れてしまう。


(紫貴に触られたところ、なんか……変、……)


 彼の白い前歯が唇から覗き、私の敏感な肌の上を滑る。喉から勝手に高い声が漏れ、彼の頭に触れる指先に力がこもり、更に彼に胸を押し付けてしまう。彼ははしたない私をからかうことなく、甘やかに、深く、鋭く、私をいじめ続ける。それに翻弄されていると、彼の指や、膝や、手のひらが、いつの間にか私の足や、腰や、へそをいじめてしまう。


「紫貴、なんか、ぅっ、……ふぁ、あんっ……や、変な声出る……」

「変じゃない」

「変なのっ、うぁ……意地悪しないでっ、ひっ」

「してないよ」


 赤い舌が蛇のように、しなやかに、ゆっくりと、悩ましく、私を撫でていく。


(知らない、こんなの……)


 ヒュウと喉から空気が抜け、背中が勝手にのけぞり、太ももが痙攣する。自分の体なのに制御できなくて、彼のつくる波に翻弄される。溺れそうで彼にしがみつくと、彼の手がわたしの足の付け根に触れた。濡れたショーツの上から彼の指先が私の熱を撫でてしまう。自分の口から洩れる声が人生で聞いた事のない色をしていて、怖いのに、止められない。彼の指の揺さぶりに、頭の中が真っ白になる。

 気が付いたら彼の頭を抱きしめて、私は汗だくになっていた。


「……可愛いよ、みどり。上手にイケたね」


 彼の優しいキスにさえ、腰が揺れてしまう。

 ――知っていたはずの行為なのに、こんなことは何一つ知らない。


「まって、まって、しらない……しらないの……」


 勝手に零れる私の涙を浴びて、彼は嬉しそうに微笑んだ。


「ウン、待つよ。大丈夫だから」


 彼の低い声が鼓膜を揺さぶるだけで、濡れてしまうのがわかった。


「俺に委ねて」


 今までの経験をすべて消し去るような、そんな『初体験』だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る