第3話 労るように交わし(4)
『Good morning, Ms. Ichimura... (おはようございます、市村さま)』
朝八時にシャワーを浴びて保湿をしていたらフロントから電話があった。英語しか話せないスタッフであったためゆっくりゆっくり話してもらって、五分ほど時間を使ってようやく、フロントに私宛の荷物が届いていることがわかった。
「荷物? ええと……Where……did it come from?(どこ……から来たもの?)」
『From Mr.Hibiya.(日比谷さまから)』
「日比谷って……紫貴から?」
フロントの人がようやっと話が通じたというようにまたペラペラと話し出すので「スローリー、プリーズ」とねだって、さらに五分後に『部屋の前に荷物置いておくから受け取ってね』という意味だとわかった。フロントで受け取るのにと思ったけれど、向こうがペラペラ話すから、よく分からない内にそうなった。
(何だろ? プレゼントってこと?)
楽な恰好に着替えてから、部屋の前に置いてもらった荷物を受け取る。それなりに大きい段ボール箱だ。付き合った翌日に彼氏から贈られてくるものなんて期待しかないけれど大丈夫だろうか。ここから幻滅の嵐だったら……と不安に思いつつ、段ボールを開けた。
「……うっそ……」
それは、ワンピースだった。
淡く優しい薄紫色のワンピースは何枚もの繊細なレースがレイヤーされていた。軽やかで足首まであるのにウエストは絞れて、シルエットが綺麗。結婚式にだって着ていけそうなぐらいの、まさにドレス。胸元が開いていて、まさにアメリカだ。洗い方が全くわからないけれど、とりあえず可愛すぎる。
(こういうのが好みってこと? それとも私に似合うって思ってくれたってこと? どっちにしろ嬉しい! 何これ! 嬉しい!)
さらにワンピースの下にはコートが入っていた。
ワンピースの丈に合わせてくれたのだろう、とてもあたたかそうなダウンコートだ。首までカバーされている。昨日、手持ちのコートでは寒かったからありがたい。しかも可愛くて、抱きしめるといい匂いがした。
「どうしよう、こんなのもらって……いくらするの? 何を返したら……アッ! まだ、入ってる! ひいっ!?」
コートの下には靴箱まで入っていた。
おそるおそる開けてみると、あたたかそうなファーのついたショートブーツ。ヒールはあるけれど、ヒール自体がしっかり太めで歩きやすそうだ。履いてみるとシンデレラフィット。なんでサイズを知っているんだと思うのに、そんなことがどうでもよくなるぐらい嬉しくて顔がニヤけてしまう。
(ヒールある靴ってことは顔が近づくじゃん。ヤバい、これ……嬉しすぎ! エッ、まだあるの!?)
靴箱の横に黒のサテンの袋が小さいものと大きいものが入っていた。
まず小さいものを開けると香水が入っていた。見たことないブランドだけど、瓶を見るだけで『高級品』とわかるデザインだ。手首につけてみると、まず森の香りを感じた。その香りは徐々に変化し、少ししょっぱいような甘い花の香りになっていく。複雑なのに、印象は柔らかな『いい女』の匂いだ。
何よりも好きな匂いだった。
つまり彼と匂いの好みが合うということで、そのことが嬉しくてたまらない。
(もう、……最後は何? アクセサリーとか? だったらもう結婚じゃない?)
ニヤニヤしながら最後の袋を手に取り、何の覚悟もなく中を覗いた結果、「ミャッ!?」、変な声が出た。
「ナ、ナ、ナナ、ナ、……下着!?」
それは『勝負下着』だった。
「何これ!? 何なの、これ! 何これ!? アメリカ!? セックス・アンド・ザ・シティ!? フロントホック! ガーターベルト!? 何これ!!」
一通り騒いでから、一旦ベッドに放ってみる。そうすると絵面が完全に海外ドラマだった。
「……落ち着け、落ち着け、市村みどり……」
もう一度段ボールを見ると、底にカードが入っていた。
『約束のデート服。楽しみにしてるね。』
小さな字だ。固くて、少し神経質そうな印象を受ける。
(これが、紫貴の字なんだ)
撫でているだけで、顔がニヤけてしまう。ひっくり返すと、メッセージにさらに続きがあった。
『俺もちゃんとした格好するから、期待して』
「何これ……、もう……」
両手で顔をおさえて、ベッドに腰掛ける。
そのまま後ろに倒れて、しばらくジタバタと手足を動かした。
(もうー……! 私、経験人数一人なんだよ……こんな……こんなの……こんな、えっちな……)
私は下着から目をそらし、『アメリカ人 セックス』というあけすけな検索をして、『能動的に動くには』というサイトを読む。
(こんな大胆な……でも、紫貴は日本国籍じゃないって言うし、多分慣れてるし……)
「う、……うううう……市村みどり、女を見せます! よし!」
気合いを入れて、私はベッドから立ち上がった。
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