第5話 夫の帰宅

 誕生日会の後、弘樹は毎日のように健一の家に遊びに行くようになった。


 八月下旬のある日の午前中、健一と弘樹はいつものようにリビングルームのゲーム機で遊んだ。昼ごろになるとゲームに飽きた弘樹はキッチンに行き、昼食を準備している優香の手伝いをしていた。


 呼び鈴が鳴った。「お客さんよ、健一、玄関に出てちょうだい」と優香は、一人でゲームをしている健一に言った。


 健一は部屋を出て玄関のドアを開けた。「お父さん!」と大きな声を上げた。


 「何ですって!」と優香が言って玄関に向かった。


 優香に続いて弘樹は廊下に出た。玄関では中年太りをした背の高い男が靴を脱いでいた。健一の父親の孝雄だろう。健一から、父親は商社に勤めていて、今は東南アジアで駐在員をしていると聞いていた。


 旅行帰りらしく、脇に黒いスーツケースが置かれている。ポロシャツに綿パンのカジュアルな服装で、顔はよく日に焼けていた。


「ずいぶん突然ね」と優香が言った。


「今朝、空港に着いたんだ」と孝雄。


「先月の仕返しのつもり?」と優香。


「急にチケットが取れたんだ。昨今のテロ騒ぎで航空券は取り合いなんだよ」と孝雄。「お前も知ってるだろ?」


「あなた、携帯電話を持ってないの?」と優香。


「サプライズで驚かそうと思ったんだよ」と孝雄は言いながら、上がり框をあがって健一の頭を撫でた。「元気にしてたか?」


「うん。元気だよ」と健一はうれしそうに答えた。


「その子は健一の友達か?」と孝雄は弘樹を見て言った。


「弘樹だよ。うちに遊びに来てるんだ」と健一。


「お邪魔しています」と弘樹は頭を下げた。


「弘樹君、初めまして。私は健一の父親だ。今日、マニラから帰ってきたんだよ。だが気にしないでゆっくりしていってくれ」と気さくに言った。


「本当に気にしなくていいわよ」と優香は弘樹に言った。


「座らせてくれよ」と孝雄。「疲れたし、腹が減ったよ。」


「今、昼食を用意していたところよ」と優香。「テーブルに座って。」

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