第3話 夕食

 父親は海外に単身赴任しており、普段は家にいないという。だから夕飯も三人で食べることになった。弘樹は、自分が話せることは何でも話そうと腹をくくった。


 健一はそそくさと食べ終わると、見たいアニメがあるといってリビングに行ってしまった。「終わったらすぐ戻ってくるから。」


 弘樹と優香が食卓に残された。弘樹は食が細く、食べるのに時間がかかる。


「弘樹君は夏休み、どこかお出かけしたの?」と裕香が聞いた。


「はい。クラブの合宿に行きました」と弘樹。


「どんなクラブなの?」と優香。


「すごくマイナーな武術のクラブです。両親が武道きちがいなので習わされているのです」と弘樹。


「あら、ご両親のことをそんなふうに言っちゃだめよ」と優香。


「でも本当だから」と弘樹。


「お母さんは優しいのでしょう?」と優香。


「いいえ。とても厳しくて……。母が食事とトレーニングの管理をしていて、こんなにおいしいご飯とか、ケーキなんて食べるは久しぶりです……」と弘樹。


「あなたのことを思ってのことでしょう?」と優香。


「どうでしょうか。ぼくには分かりません」と弘樹は正直に答えるしかなかった。


「そういえば、小学生のころ健一がおもちゃを上級生に取られたとき、弘樹君が取り返してくれたわね。とっても強かったって聞いたわよ」と優香。


「あの後、父親にひどく怒られました。殴られて、肋骨が折れました」と弘樹。


「そうだったの。ごめんなさい。知らなかったわ。今度お父さんに会って私からちゃんと説明するわ」と優香。


「ぼくが技を使ったからいけなかったんです。だから、うちの親には何も言わないでください。父が思い出したら、また怒られてしまいます」と弘樹。


「そうなの。わかったわ」と優香。


「弘樹君には兄弟がいるのかしら。」と裕香がさらに気安く聞いてくる。


「姉と妹が一人ずついます」と弘樹。


「あら、華やかね」と優香。


 弘樹はどうにでもなれという気持ちになった。「姉は何種目かの格闘技で全国大会に出るほど強いんです。いつも鋭い目をしていて、一緒にいると胸が苦しくなるんです。それから妹は両親に反発して、ほとんど家では話をしないんです。とても気難しくて、いつも悲しそうで、でもぼくにはどうしてあげることもできないんです。ぼくはただ親に言われたとおりにするしかなくて……。」


「テレビ終わったよ」と健一が戻ってきて言った。「デザートないの?」


 プリンを食べ終わると、健一はまたゲームをしようと言った。ゲームでも格闘技なんて胸が悪くなりそうだが、仕方がない。「いいよ」と言いながら弘樹はピアノを弾きたいと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る