第12話 そうだ、攞新へ帰ろう

 不動院家の屋敷へと帰ってきた四神。彼らを迎えたのは、縁側に座る、色白の男。


 胡蝶と華を紡ぐ黒の狩衣で、老若男女を虜にする容姿を持つ男が、ももの隣でお茶を啜っている。


かしらぁ! どうしてこんな所にいるんだぁ?」

「あぁん! ヘイアンで見る雷様も素敵ねぇん!」

「お頭様……。もしかして全部見ていらっしゃったんじゃ……?」

「当然よのぅ。お頭殿ならば、全てを把握されていようぞよ」


 四神が男の下に集い、それぞれに言葉を発する。


「この者は誰じゃ? 桃」


「ん? ああ、何でも攞新らしんの神様達を迎えに来た、麒麟の雷煆らいかよ」


 いつの間にか雷煆と仲良くなっていた桃が、明るく男を紹介した。


「左様か……。この者が四神の頭目か」


 その存在が神以上のものであると、満仲みつなかは瞬時に理解した。


「して、わしの四神は何処いずこじゃ?」


「ああ。其方そなたの四神ならば、我が主殿御自らが攞新でもてなしたのちわれ此方こちらの世に帰したぞ。其方が呼べば、すぐにでも召喚できよう」


「そうか」


 満仲が懐に手を寄せる。式神召喚の札から伝わってくるに、そっと微笑みを浮かべた。


「満仲?」


 桃に顔を覗かれ、「大事……あるのう」と大事なものが帰ってきたことを、他の瑞獣らに伝えた。安孫あそん水影みなかげ、麒麟の三人も、そっと安堵の表情を見せる。


「あまり四神の不在が長くなると、我が主殿が心配されるでな。そろそろ帰るとするぞ」


 雷煆に促され、「そうだなぁ」と牙琥がくが頷く。煙管きせるを取り出し、紫煙を吐き出した牙琥が、「なんだぁ、まぁ、楽しかったぜぇ?」と柄にもなく笑みを浮かべた。


「いつの日かまた、共に酒を酌み交わしましょうぞ」


「おおう!」


 安孫と牙琥が握手でもって、別れを偲ぶ。


「それじゃあね、水影ちゃん! またぎゅうってさせてねぇん!」


「嫌にございまする」


「がぁん! なぁんでよぉ! 酔っ払った水影ちゃんは、あぁんなに可愛かったっていうのにぃ!」


うるそうございますよ、愛染あいぜん殿。……いつの日かまた、相まみえることがありましたらば、その時は……」


 それだけ言って、水影は微笑みを浮かべた。


「水影ちゃん……!」


 じんと感動する愛染が、堪らず水影に抱きついた。


「おおっと……! 仕方ない玄武殿にございまするな」


 それでも愛染の髪を撫でる手は、優しいものであった。


「――達者でのぅ、満仲。長生きするのじゃぞ」


 男前に笑う麗清れいしんが満仲の髪を手に取り、そこに口づけた。


「何があっても、諦めてはならぬぞよ」


 先を見据えた発言に満仲はどきりとするも、強く笑って見せる。


「ふん! わしを誰だと思うておるのか! わしは天才陰陽師、不動院満仲ぞ! わしには未来の吉兆が見えておる。わしが進まんとする道こそ、安穏の道ぞ!」


「そうかえ、そうかえ。それならば、憂いることはないのぅ」


 麗清がニマっと笑い、ヘイアンの友との別れに涙を見せることはなかった。


「――それじゃあね、うー君。また会えるといいな」


 羽邏うらとの別れの時に、麒麟が寂しそうに俯く。その表情に、羽邏もまた「ピエ……」と鳴き声を上げるも、今生の別れではないと自分に言い聞かせて、笑った。


「大丈夫です。お頭様にお願いして、またヘイアンに遊びに来ますから」


 約束です、と羽邏が麒麟に手をかざし、凰和おうわと言葉には出さずに伝えた。


「うー君……ありがとう。またみんなで鰻を食べよう! 今度は紅怜こうれんさんや雷煆さんも一緒に」


 明るく笑う麒麟の隣に、もう一人の麒麟と呼ばれる男が立った。


其方そなたがこちらの世の麒麟だな? うむ。良い面構えをしておる。王の器として、申し分ないな」


「え? あの、それはどういう……」


「お頭様は次代の王を決める御方です。そのお頭様が仰るのですから、貴方はきっと、そうなのでしょう」


「ん?」と首を傾げる麒麟に、「今は分からずとも、いずれ分かる日が訪れよう」と雷煆が笑った。


 こうしてそれぞれに別れを済ませた、四神と四人の瑞獣。


「まあ会おう、ヘイアンの」


 雷煆が広げた異空間の渦が、四神の背中に広がる。


「次は帝と女王殿も交えましょうぞ」


 雷煆を先頭に、四神は攞新へと続く道に歩みを進めていく。そうしてパチンと渦が消えると、二つの世界は再び、それぞれに物語を紡いでいくこととなった。


 公達らが屋敷へと戻ると、満仲は満天の星空を見上げた。


 この夜空は攞新にも広がっているだろうか?


 柄にもなく、そんなことに思いを馳せる。隣に桃が立ち、「あの神様達も今頃、この夜空を見上げているかしらね?」と笑った。同じことを考えていたことに、ふっと満仲が笑う。


「さてな。それよりもそなた、あの雷煆とかいう男と楽しげにしておったのう? 何じゃ、あのような男が好みか?」


「そうね。めちゃくちゃ色男だったもの、雷煆は。それにどっかの誰かさんと違って、優しくて気遣いのできる殿方だったわ?」


 わざとらしく、桃が満仲の心を揺さぶる。


「そうか……」


「まったく、わしの第八妾は尻軽じゃのう、でしょう? アンタの言いそうなことなんて百も承知なんだから」


 桃が満仲の台詞を先取りし、笑った。すかさず、満仲が桃を抱き寄せ、その端正な顔を近づけた。思わず桃の頬が紅潮し、さっと視線を逸らす。


「……桃よ、わしを見よ」


「な、なによ! アンタなんかに惚れる私じゃないわ――」


「クシュン! ああ〜ったく、頭がぼうっとするのう! 何なのじゃ、まったく!」


「……アンタ、やっぱり風邪引いてるんじゃない。ほら、熱もあるわよ」


 満仲のダサいくしゃみにより、冷静になった桃が、その額に手を寄せ、高熱であることを伝えた。


「まったく、早く治しなさいよね。じゃなきゃ、また愉快な奴らを引き寄せるわよ?」


「くくく。そうじゃのう」


 これがフラグとなっているのかは分からないが、桃の腕の中に顔を寄せる満仲は、この上なく安穏の表情で笑ってみせた。


                  了










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る