第11話 瑞獣と四神、共闘する

 瑞獣ずいじゅうとは、麒麟、龍、鳳凰、霊亀れいき、九尾の狐など、吉報の前兆や平穏な時代にのみ現れるものと伝承されている。


 一方、四神とは、天の四方の方角を司る霊獣であり、彼らもまた瑞獣として、めでたい存在として位置付けられている。


 つまりヘイアンでも大陸でも、瑞獣と四神は同じ信仰の対象であり、そう変わりない存在なのだが……。


「――てめえらが瑞獣だとぉ?」


 牙琥がくやからを蹴散らせていく安孫あそん水影みなかげの下に、ずんずんと歩いていく。


「なっ……!? 白虎やつを連れ戻すのじゃ、麒麟!」


 先導する満仲みつなかが、慌てて麒麟に指示を飛ばす。


「ちょ、牙琥さん! 急にどうしたんですか……!」


「そうよぉ、がぁ君! ここは彼らに任せましょうよぉ!」


 愛染あいぜんもまた麒麟と一緒に、牙琥の袖を引っ張る。


「うるせえ! 俺が四神以外の瑞獣が嫌いだって知ってんだろぉがぁ!」


「知ってるけれども! でも彼らは本物の瑞獣ってな訳ではないでしょぉ! 立場上、そう名乗っているだけだろうしぃ!」


 愛染の手を振り払った牙琥が輩に向かい、雷撃を放つ。板垣を突き破り、青天した輩に、「ひゅう〜」と水影が口笛で称賛を送る。水影もまた、鍔迫つばぜり合い中であったが、その勇姿に負けることなく、難なく輩の腕を斬り付けた。


「……ふん。立場とかじゃねえんだよぉ。他の瑞獣に助けられたなんざぁ、俺の矜持きょうじが許さねえからなぁ! てめえらも分かってんだろぉなぁ! ここで逃げるなんざぁ、四神じゃねえ! ぞく相手に背中見せてんじゃねえぞぉ!」


 血気盛んに威勢を放つ牙琥に、麗清れいしんがやれやれと吐息を漏らす。それでもその口元は笑っていて、隣に立つ愛染と同じく、四神としての矜持を見せた。


「まったく、しょうがないわねぇん。れぇちゃん、後ろの賊はがぁ君達に任せて、私達はこっちの賊の相手をしてあげましょう?」


 うふふ♡と笑う愛染が、前方から現れた十数人のやからと対峙する。みな、腕にわし合印あいいんを示している。


「なっ、性懲りもなくまだ隠れておったか」


 満仲みつなかが懐から術札を取り出した。その隣に立つ、愛染と麗清。


「こやつらは何者なのじゃ?」


彼奴きゃつらは鷲尾わしお院の手の者。さきの世にて美男美女らをことごとく処刑した、『美麗狩り』を続けんとする輩ぞ」


「『美麗狩り』?……てことは、私達が美し過ぎるのが悪いってことかしらぁ?」


「ふっ、あながち間違いではないのう。じゃが、斯様かような胸糞を復活させる訳にはいかぬでなぁ!」


「ならば最強の陰陽師よ。わらわ等、絶世の美女と共に闘おうぞよ」


 ニマっと笑う麗清に、満仲がふっと笑う。


「我が最強の式神、四神が玄武と青龍ならば、ちぃとは根性がありそうじゃのう。麒麟よ、御前おまえは朱雀を守っておれ」


「はい!」


 両者の中央で、麒麟が羽邏うらを背中に隠し、自らも短刀を構える。


「ピ、ピエ! こ、後方支援なら僕にお任せください」


「うん! おれが絶対にうー君を守るから、もし怪我した時には、『凰和おうわ』をお願いね」


「分かりました!」


(よっぽど「凰和」をかけて欲しかったんだな……)


 誰も怪我をして欲しくはないが……、しかしその熱意は、確かに羽邏に伝わった。


 後方では、安孫、水影、牙琥の三人が戦い、前方では満仲、愛染、麗清の三人が戦っている。


「――おらぁ! これが四神の白虎の力だぁ!」


 雷撃により輩がふっ飛ばされていく。その神力に興奮する安孫もまた、血気を逸らせ、敵をなぎ倒していく。


それがしこそ、主上が瑞獣――九尾の狐。誰一人として、主上が安穏の世を乱すことなど許さぬ!」


 太刀にて次々と輩の戦意を失わせていく安孫。その背中を斬り付けようとした輩の懐に瞬時に飛びこんだ水影が、その鳩尾みぞおちに太刀柄を突き刺した。


「ぐふっ」と輩がその場に崩れ落ちる。


 自分を守った水影に対し、安孫が背中を向けたまま微笑む。


「流石は鳳凰ですな」


「左様。我こそが主上が瑞獣、優れた知恵にて帝を導く鳳凰――」


「ふん! 九尾の狐に鳳凰かよぉ! 人間の割に、ちったぁ骨がある奴らじゃねえかぁ!」


 共闘する三人が、それぞれに敵を見据えて笑う。


「っふ。四神が白虎殿の御力、存分に発揮されるが良い」


「もう一丁、雷を頼みますぞ、牙琥殿!」


「わあってらぁ!」


 そう愉快そうに敵をなぎ倒していく、後方。所変わって、前方では――。


「ちゃぁんと敵を倒せたら、褒めてね、満仲ちゃん♡」


 愛染の艶めかしい身体を包む黒のドレスが揺れる。すると下からしゅるりしゅるりと右に周り始め、ひらりとした布が徐々に堅い鱗に変化し、彼女の身体が黒の大蛇へと変貌を遂げた。


「大蛇への変化か。流石は玄武じゃのう」


 天地陰陽の構えを取る満仲。術札に力を注ぐも――。バチっと力が弾かれる。


(ちっ! やはり別の世の四神を使役することは出来なんだか……!)


 まだまだ己の未熟さを痛感する満仲の前で、大蛇に変化した愛染が、数人の輩を同時に締め上げていく。


「ぐわぁ……!」


「臓物を吐き出させんとすることだけは避けるのじゃぞ」と満仲が渋い顔で忠告する。


「甘っちょろいのぉ、満仲。理想だけでは、帝も民も守れぬぞよ?」


 剣で敵を討ち伏せていく麗清が、愉悦を浮かべながら満仲を守る。すんと目を据えた満仲が反論した。


「無闇に命を奪うては、新たな火種をくすぶらせるだけゆえな」


「ほう? 殊勝な心意気じゃのぅ。ならば最強の陰陽師、不動院満仲よ。改めて其方そなたの瑞獣名を聞かせてもらおうぞ」


「わしか? わしこそが主上が瑞獣、霊亀。吉報を占い、の国の行く先を正しく導かんとする者よ」


「ハハ。天晴じゃ! ならばわらわも存分に、其方の理想を叶えようぞ!」


 圧倒的な力を前に逃げ帰ろうとする輩の背中を、麗清が見据える。ヒュッと一息つくと、傍らに生えていた木々の枝を操り、残るすべての輩を捕縛した。


 ◇◇◇

 縄で縛られた輩らは、鷲の合印を剥ぎ取られ、瑞獣によってすべて燃やされた。


「――主上は決して『美麗狩り』という馬鹿げた悪法などゆるされぬ。その処遇、追って沙汰されよう」


 水影によって、鷲の兵の残党である輩らは、検非違使けびいしに引き渡された。


「良かった。皆さん無事ですね。怪我もありませんか?」


「おお。あんな雑魚相手に血ぃなんか流すかよぉ!」


「羽邏殿。我ら皆、無事にございまするぞ」


 羽邏が四神と瑞獣を見回し、その微笑みにそっと胸を撫で下ろした。すでに夕暮れ時となり、橙色の空が辺りを包んでいく。


 その時、慌ただしく四人の瑞獣らが走り出した。前方から一台の豪奢ごうしゃな牛車が向かってくる。


 水影、安孫、麒麟、満仲がその牛車の横で平伏すると、俄にその場の空気が変わった。


「何だぁ? あの牛車は一体……」


 四神が事の行く末を見守っていると、その場に牛車が停まった。小窓が空き、平伏する四人に向かい、何かしらの言葉をかける端正な手が見えた。


「――御意」


 瑞獣を代表して、水影の恭しい返答が聞こえたのを最後に、牛車が再び動き始めた。


 四神の隣を牛車が通り過ぎる。小窓から覗く淡麗な口元が、にっと笑ったような気がした。


「あらぁ! めちゃくちゃ男前の予感がするわぁ!」


 過ぎ去っていく牛車に向かい、愛染がうっとりと頬を赤く染める。


 帰ってきた瑞獣らに向かい、「あれが其方そなたらの帝かえ?」と麗清が訊ねた。


「左様にございまする。今日は急遽、津縄代つなわしろへの行幸ぎょうこうとなられたゆえ、その御帰りにございました」


 水影の口元に穏やかな笑みが浮かんだ。


「其方ら瑞獣は、共に参らんでも良かったのかえ?」


「なぁに。主上は着の身着のまま生きられる御性分じゃ。たまには御一人で、亡き友の菩提を弔われたかったのじゃろう」


 満仲が今は亡き天狗を想い、朱鷺ときの心に寄り添った。


「それで帝は何をてめえらに伝えたんだぁ?」


「主上には事の経緯を申し上げた上で、斯様かように仰せにございましたぞ」


 安孫が頬を掻きながら、困ったように笑う。どこか気まずそうに、瑞獣の四人が口を揃えて言った。


「――俺抜きで異世界間交流たのしそうなことをするでない、と」


 瑞獣も瑞獣ならば、帝も帝である。四神はまだ見ぬヘイアンの帝の性格を想像し、全員が同じことを思った。


 そうだ、攞新らしんへ帰ろう――。





























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