第9話 我が君自慢合戦?

「――あぁん? だから紅怜こうれんこそ最も偉大な女王だっつってんだろぉがぁ!」


 立ち上がった牙琥がくが威勢を放ち、ガシッと椅子に足を打ち付けた。


否否否いないないなぁ! 我らが麗しの君――都造みやこのつくりこ朱鷺とき様こそ、この世の至高にして至宝よう! 主上以上の君主がおるものかぁ!」


 完全に酔っ払っている満仲みつなかもまた、ガタンと椅子を転がし、威勢を放つ。


「なぁんら(だ)とぉ? クソ陰陽師がぁ! 俺の紅怜にイチャモンつけよぉってのかぁ?」


 牙琥もたらふく酒を飲んだ後だ。呂律ろれつが回らないところもあって、目の前に座る麗清れいしんが「これ牙琥や、落ち着くのじゃ」と抑制する。


「うふふ。がぁ君、紅怜ちゃんのこととなると、周りが見えなくなるほどの親バカになるからぁ〜。まあ、そこがウチの白虎の可愛いところなんだけどぉねぇん」


 愛染あいぜんがうっとりと牙琥を見上げる。


「おおい、てめえら! うちの紅怜がどれだけ最高の女王か、ヘイアンの奴らに教えてやれ!」


 牙琥に促され、「はぁい! あなたぁ♡」と妻役に徹する愛染が口火を切る。


「私の紅怜ちゃんはぁ、最っ高に可愛いわぁん! 随分前にお風呂を覗いたことがあったんだけどぉ、真っ赤になって恥ずかしがってねぇ、めちゃめちゃにしちゃいたいくらい可愛かったわぁ! あぁん! 思い出したら鼻血がぁ――」


「黙れや、変態女ぁ! まぁたぶっ飛ばされたいってのかぁ? ああっ?」


「冗談よぉ! 私のご主人様は、がぁ君だけなんだからぁ!」


「うるせぇ! 次だ次ぃ! 麗清!」


 牙琥に指名され、麗清が「ひょ?」とひょうきんに目をパチクリさせた。


「わらわかえ? そうじゃのぅ、我が主殿の愛らしきところは……」


 ほろ酔い気分の麗清が、機嫌よく口角を上げて、言った。


「清廉なところ――。例え強敵相手じゃろうと、ムキになって立ち向こうてくるところ、じゃのぅ」


「あぁん! れぇちゃん、カッコイイわぁ!」


 男前度MAXの麗清の本音に、愛染が腰から崩れ落ちる。


「クソあまの割に真っ当なこと言うじゃねえかぁ! よし、次はクソガキ、てめえだ羽邏うらぁ!」


「僕っ? そ、そうですね、紅怜は優しくて、勇気もあって、それからお顔がとっても可愛いんです」


 ピエエエ、と羽邏が頬を赤く染める。


「ああん? てめえクソガキ! 俺の紅怜に惚れてやがんのかぁ? ああ?」


 バチバチと放電する牙琥に、「ピュアアアア」と背筋を凍らせる羽邏が、「めっそうもございまちぇん!」とブンブン首を横に振る。


「ふん! どう転んだところで、俺らの紅怜は誰にも負けねえ女王だぁ! 完全無欠ぅ、どこに出しても恥ずかしくねえ、最高の娘なんだよぉ! てめえらヘイアンの帝に、紅怜を超えられるってんのかぁ?」


 牙琥が愛娘である紅怜をこの上なく褒めちぎる。


「――ふ。先程から黙って聞いておれば、やれ最高の娘ら(だ)の、完全無欠ら(だ)の……我が主の御膳立てには、ちょうろ(ど)良ひ(き)女王ろ(ど)のよ」


 愛染の隣から、顔を伏せる水影みなかげが「ふふ」と笑う。


「ああんだとぉ?」


「水影殿? よもや酔っ払っておいでか……?」


 いつの間にか様子がおかしくなっていた水影に、遠くの席から安孫あそんが憂い気に訊ねる。


「はぁ? このわら(た)しが酔っ払うとでもぉ?」


 バッと顔を上げた、水影――。その耳の先まで真っ赤に染まり、へにゃりとした虚ろな瞳が、公達らの度肝を抜く。


「ひどく酔っ払ってらっしゃるー!?」


 酒豪の安孫と麒麟きりんが、水影の異変に「あわわわわ!」と泡を吹く。


「ら(な)んじゃぁ、三条のぉ。こぉんな酒で酔っ払いおってからにぃ。ほ(そ)れでも主上が鳳凰ほうおうら(な)のかぁ?」


 同じく酔っ払っている満仲が、ペチペチと店の柱を扇で叩く。


「ちょ、霊亀れいき様! それは鳳凰様ではありませんから! ただの柱ですから!」


「なぁに? はしらら(だ)とぉ? ……ん? ああ、そうか。三条のは斯様かようにも大きくはないのう。はは。真の三条のはこっちであったか」


 そう言って、満仲が店の隅に置いてあった信楽焼の狸を、ペチペチと扇で叩く。


「いやそれ狸の置物ですから! 鳳凰様はそんなに小さくないでしょ!」


「ぶふっ」


 満仲の悪酔いに、思わず安孫がツボった。


「ほう……?」と水影が安孫の後ろから怒気を放つ。


「なっ……! み、みなかげ、どのっ……?」


 恐る恐る後ろに振り返る安孫に、苛立つ水影が冷笑を浮かべる。


「しゃよう(左様)におしゃにゃにゃじみ(幼馴染)ろ(ど)ののご冗談が、愉快か?」


「い、いや、左様なつもりで笑ったわけでは……」


 安孫の視線がおもいっきり逸らされる。


「ほーう? れ(で)は、ほ(ど)のようなつもりれ(で)笑われたのか?」


 ぐぐっと責め立てるように、水影が安孫に詰め寄る。


「ほ、ほら、冷静になって、鳳凰様! 今は九尾様をいじめてる場合じゃありませんよ。主上の最高ぶりを発表する場ですから!」


 麒麟にどうどうと抑えられ、水影が冷静さを取り戻す。


「ああ、左様であったな。主上の、最高ぶり……。思えば四六時中共におるが、……あるか? 主上の最高なところ」


「冷静になりすぎですよ、鳳凰さまっ……!」


 思わず麒麟がツッコミを入れた。そこに、ふらふらとやって来た、満仲。その顔からは酒気がなくなっている。


「――っふ。失言じゃのう、三条の。冷静沈着な文官ともあろうものが……。この不動院満仲、しかと聞いたぞ。そう、わしらは主上の御子を産むための、男娼であるとな!」


「ばかやろう!」


 真っ直ぐな瞳で、ぐっと親指を立てる満仲。

 酒気は失せていても、しっかりと酔いどれの満仲に、麒麟がこの上ないツッコミを入れる。


「ぶふっ! ぶははははは!」


 やはり満仲がツボでならない安孫。笑い上戸らしく、店内に大笑いが響く。


「もう! 九尾様まで笑わないでください! 収集がつかなくなるでしょうが!」


 麒麟が大惨事を招いている公達を代表して、四神に向かい、直角に頭を下げた。


「ほんっと、ウチの公達らがスミマセン! 我らの主上の最高なところ、それはこんな悪ノリ大好きな臣下をも笑ってゆるす、器の大きなところです!!」


 天上天下、どの世界を探してもコレ以上の男はいない――。そう四神は麒麟という男を評し、その苦労をおもんぱかった。



















 



 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る