第8話 うわばみは誰だ?

 鰻の白蒸しに酒があてがわれ、真っ昼間だというのに、四神と公達による宴会が始まった――。


「――ガハハハハ! 飯も旨けりゃ酒もうめぇじゃねえかぁ! ヘイアンも良い国じゃねえかよぉ!」


 猪口ちょこ片手に、牙琥がくが上機嫌に笑う。隣にはほろ酔い気分の安孫あそん


「それは良うございましたなぁ! 牙琥殿にそう仰って頂けただけで、それがしも貴殿らに高い鰻を奢った甲斐があるというもの!」


「なんだよぉ、会った時はシケた面してんなぁと思ったが、意外と良い性格してんじゃねえかぁ! てめえのような色男ぉ、俺は好きだぜぃ? なんてなぁ、ガハハハ!」  


「某も牙琥殿が如き強き白虎に憧れますぞぉ!」


 そうして二人してガハハハハと笑い合う、酒豪兼笑い上戸の白虎がく九尾あそん――。


 一方、彼らの前方に座るは、麗清れいしん満仲みつなかの組み合わせ。二人もまた酒を注ぎ合い、独特の空気を醸し出している。


「――主上しゅじょうはのう、わしを一等愛らしく思われておるのじゃ。どうじゃ、青龍の。貴殿もこの中では、わしが一等可愛らしゅう思うであろぉう? ヒクっ」


 キュルンとした瞳で、酔いどれの満仲が麗清に愛嬌を振りまく。日頃から、わしこそが一等愛らしい! とうるさいくらい騒ぐ満仲。当然、主である朱鷺ときからは、『ははは、満仲。そなたはちと黙れ』と苦言を呈されている。それがお約束の流れとなっているのだが……。


「無論ぞよ、満仲。其方そなたは真、愛らしいのぅ。どれ、わらわがそなたを一等愛でてやろうぞよ」


 くいっと満仲の顎を持ち上げ、男とも女とも取れる美しい顔面が近づいてくる。


「ひゃ? ひゃああああ?」


 さすがの満仲も、四神の青龍に唇を寄せられては、赤面する他ない。ふっと麗清が笑い、その耳元で囁いた。


「最強の陰陽師よ。其方の愛らしいき声を、わらわに一晩中聞かせてくれるな?」


「……ぎょ、ぎょいいいいい♡」


 酒が入り、麗清の男前度がカンカンカンカンと上がっていく。完全に乙女化した霊亀みつなか青龍れいしんへの好感度、当然うなぎ登り。


「まぁ、今宵があればの話じゃがのぅ」


 ニマっと笑う麗清の声など、最早ポポポとのぼせ上がっている満仲には届いていない。


 一方、愛染あいぜん水影みなかげの組み合わせもまた、異様な空気が流れていた。


「――もぉ〜! 水影ちゃんったら、意地悪なんだからぁ! そぉんな悪い子には、愛染ちゃんからキツーイお仕置きをお見舞いしちゃうんだからねぇん」


 そう言って、愛染が水影の体にバッと抱きついた。斜め前に座っている羽邏うらが、「あわわわわ」と泡を吹くも、至って冷静な水影は、その艷やかな黒髪をさする。


「愛染殿は真、明朗闊達な御方にございまするなぁ。流石は玄武――。『その亀蛇、共に寄り添い、もって牡牝となし、後につがいとなる』ですなぁ」


 たらふく酒を飲んだ後でも、鳳凰みなかげの言葉にどきりとした表情を見せる玄武あいぜん。それでも「うふふ」と笑って、その胸元が開いた漆黒のドレスから、豊満な胸を水影に押し当てる。


「玄武は愛情深い神様よぉ。まあ、がぁ君からは、しつこいなんて言われるけれどねぇん」


「おやまぁ。四神ともあろう御方が、散々な言われようですなぁ。……場の盛り上げ役に徹しながらも、冷静に周りが事を伺っておられるところは、何処どこかの亀と似たものを感じまする」


 そう言って、ぐいっと酒を飲み干した水影が、コロコロと表情を変える満仲を一瞥いちべつし、ふっと笑った。


 最後の一組、羽邏うら麒麟きりんは、周りの状況を注視しながらも、それぞれの人生について語り合っていた――。


「――へえ。さすがは四神。王を導き、国を守る存在として、長きに渡り生きてきたんですね」


「はい。まあ、大したことではないんですがね。でも僕達にとって、国も人も愛すべき存在ですから」


「ご立派な務めですね、ほんと……」


 麒麟が猪口の水面に自分の表情を見た。


「麒麟さん? どうしました?」


「ああいや、本当に立派だと思って。……おれは卑しい身分の生まれで、本当の自分の名も知らないんです。汚泥にまみれたおれを主上が拾い上げ、麒麟という大層な名を授けてくださった。それだけでも有難いのに、今では高貴な生まれの方々と、こうして共にある日々を過ごさせてもらっているんです。いつからかおれは、どうしたらこの方々に恩を返せるんだろうって思い始めて……。おれも何か特別な力があれば良かったのに……」


「麒麟さん……」


 ぐびぐびと酒を飲み進めていく麒麟の隣で、朱雀うらは自分の掌に目を落とした。


 この小さな手で、自分は何が出来るだろうか? かつて片誓と言う麻薬に冒され、笑顔なく苦しむ人々が生きる村で、自分は誰を救い、何を守りたかったのか? 改めて、その時の気持ちを振り返った。


「……大丈夫ですよ。そう気負わなくても、いつか必ず、ご自分が求める答えに辿り着く日が訪れるはずです」


 だから焦らないで、と羽邏が励ます。少年の風貌をした四神の気取らない横顔に、麒麟もまた、心が晴れていくような感覚がした。


「へへ。そうですね。ゆっくりその答えを探せばいいですよね」


 そう結論づけて、ゴクゴクと酒を飲み干した麒麟が、明るい笑顔を羽邏に向けた。


「ええ、それで良いんですよ」と口にした羽邏だったが、ずっと心につかえている疑念があって……。


(あれ? 僕が把握している中でも、この麒麟ひとが一番お酒を飲んでいると思うんだけど……。まさかのうわばみ……?)


 四神は全員酒豪で名が通っている。しかしそれ以上に、麒麟は何杯飲んでも酔う気配すらない。まさかの一番人畜無害そうな好青年が大酒飲みとは……。羽邏の中で人間に対するものの見方が変わろうとしていた、その時――。


「ああんだとぉ? 最高の君主はうちの紅怜こうれんに決まってるだろうがぁ!」


 店内に響き渡る虎の唸り声に、「ピエ……!」と羽邏の背中が大きく跳ねた。





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