第7話 ヘイアン名物と大人の対応

 この頃都に流行るもの。夜討やとう、強盗、謀綸旨にせりんじ……と続くのは、淀んだ二条河原の時世である。今は朱鷺ときさえずりし世。文化も食も花開く、絢爛けんらん盛栄せいえいの世である――。


 ヘイアン名物が目の前に運ばれてきたことで、ぱあっと愛染あいぜんの顔がほころんだ。


「これは何という料理なのぉ?」


「これはうなぎの白蒸しですよ、愛染さん。生姜醤油のつけダレに浸して食べるのが主流です」と目の前に座る麒麟きりんが説明する。


「うなぎぃ? すっごくイイ匂いねぇ! こぉんなに美味しそうなご飯を奢ってくれてありがとう、安孫あそんちゃん!」


 ぎゅうっと愛染が隣に座る安孫の腕に抱きつく。


「お気に召して頂き、恐悦至極にございまする……」


 ずんとした表情で、安孫がほんの少しこうべを垂れた。


「あらまぁ! ほんっと色男よねぇ、安孫ちゃん!」


 安孫の複雑な心中が分からないのか、愛染が、ぽぉ〜とその横顔に見惚れる。


「はは。四神殿にお褒め頂き、これまた恐悦至極にございまするな……」


 終始遠い目で一点を見つめる安孫。その心中は穏やかでない。それは自腹で彼らに高級料理の【鰻の白蒸し】を奢るからか、それとも四神の一人に見惚れられているからか。 


「いつまで左様に不甲斐ない御顔でおられるのか、安孫殿。日の本一の武人として名高き、春日八幡神の名が聞いて呆れますぞ」


 愛染の隣から、しれっと水影みなかげ揶揄やゆした。すかさず愛染が水影に振り返り、「あぁん! 水影ちゃんも綺麗なお顔で愛らしいわぁ?」と、その肩に手を回し、ぎゅうっと抱きつく。


「んんっ、愛染殿は感情表現が豊かにございまするなぁ?」


「当たり前じゃない。私は幻楼に生きる玄武の愛染よぉ!」


 愛染が人差し指を唇に寄せ、うっとりとした声で言う。


「うふふ。こう見えても両性具有だから破瓜だって――」


「おおい! 変態女ぁ! それ以上くっちゃべてると、てめえの脳天に雷落とすからなぁ!」


 端の席から、牙琥がくが店内に響き渡る声で怒鳴った。


「あぁん、がぁ君! そんな酷い言い方したら、私泣いちゃうんだからぁ!」


「うるせえんだよ! てめえはこんなんで泣くタマじゃねえだろうがぁ!」


「心が……! 心が泣くんだからぁ!」


 騒々しい四神の二人に、牙琥の目の前に座る麗清れいしんが、「まったく、懲りぬ二神じゃのぅ」と笑う。箸で鰻の白蒸しを口に運び、「ほう!」と目をパチパチさせながら、感嘆の声を上げた。


「これはっ……! 何とも美味じゃのぅ。酒があれば尚更良きじゃな、牙琥」


「確かにうめぇなぁ。良し、酒だぁ! じゃんじゃん持ってこぉい!」


 牙琥もまた鰻の白蒸しを気に入り、店主に向かい追加で酒を注文した。


「良いのう。昼間から飲む酒は格別じゃ。どれ、

わしもご相伴しょうばんに預かろうかのう」


 麗清の隣に座る満仲みつなかもまた、「わしにも酒をくれ」と店主に向かって注文した。


「ちょ、霊亀れいき様。酒まで頼んじゃ、さすがに九尾様に悪いですよ」


 こそっと注意する麒麟に、隣に座る満仲が涼しい顔で笑う。


「なぁに。安孫のすけは、あの春日家の嫡男じゃぞ? 金ならたんまり持っておる。気にする方が無礼に当たるぞ? のう、安孫のすけ」


「う、ううむ。まあ、四神殿をもてなすことが出来るならば、それで良いか」


 武人として腹を括り、ようやく安孫にも笑顔が見え始めた。


「さすが安孫ちゃんだわぁ! それじゃあ、この愛染ちゃんも飲んじゃうわよぉ!」


 おじさーん、私にもお酒ちょうだいなぁ! と愛染が愛嬌たっぷりに注文する。


「はは。それじゃ、おれも遠慮なく。羽邏うらさんは……さすがに飲ませるのは罪悪感があるな……」


 麒麟が隣に座る少年に向かい、「うーん」と思い悩む。見てくれは少年だが、彼もれっきとした四神。その命だって、自分達よりもずっと長いものだろう。何なら、この中ではおれが一番の年下か……? そんな風に麒麟が思っていると。


「あ、僕のことは、お気になさらず。いくらでもじゃんじゃん飲まれてください。どれだけへべれけになろうとも、僕が皆さんをシラフに戻しますから」


 頼もしい言葉に、羽邏の目の前に座る水影が笑う。


「何とも四神の中では、羽邏殿が一等大人であられるようですなぁ?」


 チクリと刺す水影の言葉に、羽邏を除く三神の肩がドキリと跳ねた。


 🌸席図🌸


 牙琥 安孫 愛染 水影


 麗清 満仲 麒麟 羽邏







 





 

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