第6話 喧嘩するほど何とやらは、どの世界でも共通

 ヘイアンの都を視察する三人の四神。満仲みつなか麒麟きりんに案内されながら、碁盤の目状の市井しせいの様子を「ふうむ」と麗清れいしんが興味深く観察する。


「――成程のぅ。ヘイアンの都もまた、我らが攞新らしん国の王都・陽林ようりん同様、碁盤の目状に出来ておるのじゃな」


「我が都は大陸の文化に影響されておるでな。想像するに、そなたらの攞新国もまた、大陸と似て非なる文化なのじゃろう」


 先導する満仲の隣で、「ふうむ」と麗清が顎に手を寄せる。その後ろでは、麒麟を真ん中に牙琥がく愛染あいぜんが横並びに歩いている。


「ねぇん、麒麟ちゃん。ヘイアンで一番盛況な色街はどこなのぉ?」


 愛染が麒麟の腕をぎゅっと握り、その豊満な胸を押し付ける。


「え? 色街……? す、すみません、おれはあんまりそういうことに詳しくなくて……。主上しゅじょうならご存知だと思うのですが……」


「しゅじょ?」


 パチパチと愛染が瞬きする。ふうと煙管きせるの紫煙を吐き出した牙琥がくが、「主上って言やぁ、王のことだろぉ?」と不機嫌に視線を逸らす。


「王、あぁん、王様のことねぇ! 麒麟ちゃんは王様に仕えているのねぇ!」


「王……まあ、この国では帝とお呼びするのですが。……そうですね。おれは主上――帝の影なので」


「っけ。攞新らしんじゃ輔弼ほひつの立場にある麒麟が、この国じゃ帝の影かよ。……んでなんだぁ? てめえはその帝のために死ぬだけの存在ってかぁ?」


 ふんと牙琥が鼻で笑った。


「もぉ、がぁ君! 私の麒麟ちゃんにそんな言い方しないでくれるぅ?」


「うるせえなぁ! 半端な覚悟で帝の影なんか務まるかよぉ! 王はそんなに生半可な覚悟でなるもんじゃねえだろぉ! 紅怜こうれんだってそうだろうがぁ!」


「紅怜……?」


 再び上がったその名に、麒麟が首を傾げる。


「紅怜ってのはね、攞新国の新しい女王のことよ。まだ16歳の幼気いたいけな少女なんだけどぉ、このがぁ君の愛娘でもあるのよぉ!」


「へえ。すごいですね。おれ達と然程さほど変わらない子が女王なんて。しかも牙琥さんの娘かぁ……」


 ちょっと体を引いた麒麟に、「んだぁ? 俺の愛娘が女王だったら何だってんだぁ?」と牙琥ががっと噛みつく。


「い、いえ! 牙琥さん同様、立派な娘さんなんだろうなぁって!」


 慌てふためく麒麟が、ううんと咳払いした。改めて、牙琥の問いかけに答える。


「確かにおれは帝の影ですが、影武者として主上の盾となり死んでいくだけの人生じゃありませんよ。おれは元は都で野垂れ死ぬだけの浮浪児だったんで。そんなおれを拾ってくださった主上の恩に報いるためにも、今は色々なことを学んでいるんです。生きて主上のお役に立つ――それがおれの人生なので」


 その言葉に、「偉いわぁ、麒麟ちゃん!」と愛染がキラキラした眼差しで麒麟に抱きついた。


「おおっと! 愛染さんは抱き着き魔ですね」


 優しく笑う麒麟の顔を、愛染がうっとりと見上げる。その恍惚こうこつとした表情を隠すように、牙琥がガシッと愛染の顔を掴んだ。


「イタタタたぁ! 痛いわよぉ、がぁ君……!」


「うるせえ! そのだらしねえ顔を向けるんじゃねえよ、変態女ぁ!」


「が、がぁ君! やっぱり嫉妬して……って、もっと締まってるわぁ、がぁ君んんん!」


「ちょ、牙琥さんっ? 女人の顔になんてことしてるんですか!?」


 騒がしい後ろの三人組に、「まぁた痴話喧嘩しておるのぅ」と麗清れいしんは気にも留めない。 


「止めた方が良いのではないか?」


「よいよい。あれがあやつらの通常じゃからのぅ」


「っふ。どこも似たようなものじゃな」


 満仲もまた、愉快そうに歩みを進める。ちょうど都は人だかりのできている往来に辿り着いた。


「――春の弥生の あけぼのに 四方の山辺を 見渡せば 花盛りかも 白雲の かからぬ峯こそ なかりけれ」


 白拍子しらびょうしの集団が、雅楽に合わせて歌を詠む。ゆったりとした音楽と舞に、三神は足を止めた。 


「ふぅむ」


 麗清が麗しい白拍子らの舞を、ほうほうと関心しながら見つめる。満仲が笑みを浮かべながら、説明した。


「これは今様歌いまよううたじゃな。最新の流行歌に合わせ、舞を披露しておるのじゃ。ちょうどヘイアンでは今『越天楽えてんらく』が流行はやっておるからのう。ああして白拍子が舞い、都に活気を運んでおるのじゃ」


「へえ! 芸団が活気づいているのは、私がいた悠蘭と同じだわぁ! みんな可愛い子ちゃんばかりでいいわねぇん!」


 今晩どぅ?……と白拍子らを口説く前に、牙琥が愛染の首根っこを掴む。


「うむ。ヘイアンの都も平和で何よりじゃ。我らが攞新国もまた、新たなる女王の下、斯様かような活気溢れる国となろうぞよ」


 麗清がうんうんと頷き、ニマっと笑った。


「それよりも腹ぁ減ったなぁ! おい陰陽師、なんか旨いモンでも食わせろぉ」


 ヘイアンでとびきり旨いモンをなぁ、と牙琥が言う。


「そうじゃのう。ちょうど昼刻じゃしな。何が良いか……」


 その時、五人は前方からこちらへと歩いてくる三人組と目が合った。


「ピ、ピエ……!」と少年――羽邏うらが飛び去ろうとして、「これこれ」とその腕を掴んで離さない、水影みなかげ


「え? まんちゅうに麒麟? それからそちらの方々は……」

 

 怪訝けげんそうに安孫あそんが眉をひそめ、前方にて鉢合わせになった五人組を見た。


「おお! 丁度良い時にうたのう、安孫のすけ! 約一名邪魔者もおるようじゃが」


 満仲が冷めた表情で水影に視線を向けた。


「おやおや、異国の地より参られた四神殿に対し、何たる無礼を仰せか、満仲殿」


「邪魔者は貴殿がことぞ、三条の! 何故わしの幼馴染とおるのじゃ! 冷血な鳳凰に用はないでな。さっさと失せるが良い!」


「すまぬのう、羽邏殿。我が国の自称天才陰陽師が、貴殿に対し散々な物言いよ。即刻主上に言いつけ、僻地へきちへと追放してもらうゆえ、此処ここは何卒堪えてくれ」


 カチンと満仲が苛立つ表情を見せる。


「わしは最初はなから三条の、貴殿に対しのみ嫌味を申しておるのじゃが?」


「おやまぁ。その嫌味も聞けなくなると思うと、寂しゅうございまするなぁ?」


「なんじゃとぉ? 貴殿は真、腹が立つ男じゃのう!」


 本格的に二人が口論する前に、麒麟が満仲と水影の仲裁に入る。


「ああほら、四神の皆さんも見ていることですし、ここは仲良くみんなで昼餉ひるげでも食べながら、親交をはかりましょうよ。ね? 鳳凰様。霊亀れいき様も落ち着いて?」


 弟分である麒麟になだめられ、ふんと二人がそっぽを向く。


「三条さんは周りみんな敵だと思ってます?」


 羽邏に訊ねられも、安孫は「う、ううむ、どうであろうか……」と歯切れの悪い返答しか出来なかった。


「おおい、クソガキ! てめえさっきはよくも逃げやがったなぁ!」


「ピ、ピエ……!」


「ちょ、がぁ君! もう良いじゃない! 済んだことは水に流さなくちゃだわぁ?」


「愛染の申す通りぞえ。羽邏よ、よう戻って参ったのぅ」


 三神が羽邏を取り囲む。牙琥の額には青筋が立ち、愛染と麗清はニコニコと笑うも、怒気が溢れ出ている。


「ピョアアアッ」


「――大体、斯様な有様になっておるのも、すべては満仲殿が原因にありましょう? 事の次第は羽邏殿より聞きましたぞ。真、貴殿が絡むと、ろくなことになりませぬなぁ!」


「なんじゃと!? そっちこそ朱雀に怪我を負わせておるではないか! 相手は別の世の四神じゃぞ! どう主上に申し開きするつもりじゃ!」


「これは貴殿が愛して止まぬ、まんちゅう殿が故意につけた傷ぞ! その件も含め、主上に奏上そうじょうせねばなりませぬなぁ? 二人して遠く僻地にて仲良く暮らすが良い!」


「くそう! 腹が立つ! 真、三条のなど嫌いじゃあああ!」


「ああほら、落ち着いてください、霊亀様! 九尾様も御二人を止めるの手伝って下さいよ!」

 

 麒麟の助けを求める声に混ざり、ドスの利いた四神の唸り声も聞こえてくる。あっちもこっちも心穏やかでない様子に、「いやあの,何方どちらも落ち着きくだされ……」と安孫の声がかき消されていく。ぎゃあぎゃあと騒がしい、四神と公達の喧騒――。


 プツンと何かの糸が切れた、安孫。


「ああもう何方どちらも落ち着きくだされ! ここはこの春日安孫が皆様方に昼餉をご馳走するゆえ、仲睦まじくあられよ!」


 両者、一瞬の沈黙の後。


「ゴチになりま〜す」と息の合った返事で、全てが丸く収まった。


 わいわいと楽しそうに食事処の暖簾のれんを潜る面々。安孫だけが、遠い目で彼らの背中を見送った。


 


 


 





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