第5話 四神と愉快なヘイアン公達

「――くろすおーばー?」


 聞き慣れない言葉に、麒麟きりんが眉をひそめる。


「ああ。何でもこの世には、似て非なる別の世が存在しておるようで、たまに斯様かような事が起こるらしいのじゃ。それはこの国の成立ちを記した書紀しょきにも載っておるからのう」


 満仲みつなかの説明に、「ええ? 書紀にそんなことが書かれているんですか?」と麒麟がいぶかしげに声を張る。


「コイツの言うことなんて真剣に聞いちゃダメよ、麒麟。それよりも、本当に神様だなんて、信じられないわ? えっと……」


 ももが四人に向い、その名を問う視線を向ける。


「ああ。こちらも自己紹介せねばなるまいな。わらわこそ四神は東の守護者――青龍。名を麗清れいしんと言う。よしなに頼むぞよ。そうしてお頭殿とは、我らが頭目――麒麟は雷煆らいかのことぞよ」


 麗清に微笑まれ、麒麟はドキリとした。


「俺と同じ麒麟が攞新らしんという国にもいるのですね。俺もその名に恥じないように生きなければ」


 麒麟もまた頬を掻きながら笑った。その表情に、何故だか四人は心が絆されていく感覚がした。


「そうして隣におるのが……」


「ちぃ! 面倒臭ぇったらねえなぁ! 俺は四神は西方を守護する白虎の牙琥がくだぁ! 陰陽師かなんか知らねえが、早く俺らを元の世界に戻――」


「はぁい! 私は北方の守護者――玄武の愛染あいぜんよぉ! 可愛く愛染ちゃんって呼んで欲しいわぁ!」


 苛立つ牙琥の威勢を遮り、愛染が可愛くウィンクして見せた。


「同じく僕は南方の守護者――朱雀は羽邏うらと申します。まあ、この方々とは違って、人畜無害の小鳥だと思って頂ければ」


「ああん? 誰が人畜有害の神だコラァ!」

「そうよぉ、うー君。私まで有害神扱いするなんて酷いんだからぁ」

「羽邏よ、今回ばかりはかばいきれぬぞよ。わらわがことを、有害と思うておったということか?」


 三神に凄まれ、「ピョアアアッ」と羽邏が震え上がる。ポンッと鳳凰ほうおうの姿となり、天高く飛び去っていった。


「おおいコラァ! 逃げんじゃねえぞ、クソガキィ……!」


「ピ、ピエェェ……!」


 南方位へと逃げて行く羽邏。「はああ」と麗清が溜息を吐いた。


「あいすまぬのぅ、陰陽師殿。羽邏はまだ子どもゆえ、非礼を許して欲しい」


「別に気にしてはおらぬが。されど、こちらが世の四神とそなたらが入れ替わったとあらば、そちらが世の情勢も乱れよう。……いや、彼奴きゃつらもまた四神ゆえ、上手くはやっておろうが」


 満仲は使役する四神が、攞新国でも上手く立ち回っているであろうことを信じて、笑った。


「まあ、折角の機会じゃ。存分にこちらが世――ヘイアンの都を愉しむが良い」


 ◇◇◇

「――ピェ……。どうしよう、勢いで逃げちゃったけど、戻ったら絶対牙琥さんに怒られるしなぁ……」


 南方の森へと向かい、飛んでいた羽邏。神々しい鳥に向かい、一本の矢が放たれた。


「……え?」

 

 一瞬の判断が遅れた羽邏――。


 煌々と燃えるような、朱色と鈍く輝く金色の羽毛に覆われた体躯。壮美な鳥がドサッと地面に落ちてきたところに、一人の狩装束姿の公達が現れた。


「ううむ? これは鷹ではありませぬな」


「どうされたのです、安孫あそん殿」


 茂みの影から姿を現した、同じく狩装束姿の公達。


「おや? この姿、まさか鳳凰では?」


水影みなかげ殿。鳳凰とは、よもやそれがしは、貴殿を……?」


「はあ? 何を仰せか、安孫殿。私はこうして貴殿の目の前におるではありませぬか。その頓馬面とんまづらをお改めあれ」


「は、はあ。されど鷹狩で鳳凰を討ち取ってしまうとは、縁起が悪うございまするなぁ」


 いやはやと、安孫が頬に冷や汗を流す。


「まぁ、呪われるとあらば、貴殿だけにございましょうが。……はあ。主上しゅじょうがどうしてもと仰せになられるから、こうして代理で鷹狩に参ったものの、貴殿と行動を共にすらば、ろくな目に遭いませぬなぁ?」


「ははは。いやはや、参りましたなぁ。呪われては、春日家に災いが降りかかりまする。それよりも先に、まんちゅうに申して、この鳳凰殿を弔ってもらわねば」


 二人の公達が話していたところに、バサバサと羽ばたき始めた大きな鳥――羽邏が飛び立とうとして、その場に倒れた。


「おおお? 鳳凰殿? 生きておいでか?」


 慌てて問いかけた安孫の様子に、羽邏が少年の姿に戻った。


「こ、これは、人の御姿であったか、鳳凰殿……!」


うるそうございます、安孫殿。少しは落ち着きあれ。……して、貴殿は何者ぞ?」


 水影の冷静な問いかけに、羽邏は矢で射られた腹部を押さえながら、言った。


「……僕は、攞新らしん国の四神、朱雀は羽邏と、申します……」


 弱々しい声に、二人の公達は顔を見合わせた。水影は懐から手ぬぐいを取ると、それで羽邏の腹部を圧迫し、止血した。


「あの、僕なら大丈夫、ですよ。ちゃんと自分で治せますから……」


 羽邏が「凰和おうわ」と唱えようとして、やめた。自分の腹部を押さえる男の手から、温かいものを感じたのだ。


「貴殿の申す通りならば、左様な事も出来よう。されど、生憎あいにく私は神を信じておらぬ性質たちゆえ、斯様かように人の手にて処置しておるのだ」


 見目麗しい公達の微笑みに、羽邏は面食らった。


「――どうやら、矢はかすった程度であったな。これならば、薬と包帯で傷も消えよう。ようございましたな、安孫殿。無事鳳凰……いや、羽邏殿も生きておられるゆえ、貴殿が呪い殺される恐れはなくなりましたぞ」


「うむむ。別に呪い殺されることに恐れはないが……」

 

 水影に揶揄やゆされ、武官として立つ瀬がない安孫が視線を外す。それでも羽邏の前に腰を落とすと、その目前でこうべを垂らした。


「ご無事で何よりにございまする、羽邏殿。此度こたびは鷹と間違え矢を放ちましたること、深くお詫び申し上げまする。この春日安孫、一生の不覚にございますれば、何卒、ご容赦を――」


「あ、あたまを上げてください、春日さん! 僕なら大丈夫ですから!」


 誠意を示す安孫に、羽邏がブンブンと首を振る。


 ピ、ピエ……と可愛らしく鳴く少年に、二人の公達が優美に笑った。


「わわわ! 四神にも劣らない、見目麗しい方々ですね……」


 その時、ぐうううう、と羽邏の腹の虫が鳴った。


「おやまぁ。腹が空いた音がした。お詫びにいちにて何か美味うまいものでもご馳走しよう」


「い、いえ、僕は……!」


「遠慮することはない。何をどれだけ食そうが、すべてこの日の本一の武人、春日安孫が払うでな」


「えっ? 水影殿はっ?」


「私もご馳走になりまする、安孫殿」


「ええ? 貴殿こそ名門三条家の公達では?」


うるそうございますよ、安孫殿。あまり他所よその国から来られた御仁の前で、狼狽うろたえるものではありませぬぞ」


「うむむ……」


 どこまでも上から物を言う水影と、反論するに弱い安孫。絢爛けんらん豪華ごうかな狩装束を身にまとう二人の公達に捕まり、羽邏は新たなピンチを感じ取っていた。 

















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