第3話 四神、入れ替わる!?

 時はヘイアンの世――。

 若き帝により、人々が安穏たる暮らしを送る都に、天才陰陽師を名乗る不動院ふどういん満仲みつなかはいた。


「はあ。今日も平和じゃのう。平和過ぎて、ちとつまらぬのう。そなたもそう思わぬか、――もも


 四神に囲まれ、白虎の毛ぐし中である桃に、満仲がウザ絡みする。


「はあ? 平和? 知らないわよ、そんなこと。つまらないのなら、アンタが事件でも起こしたら?」


 ツンとそっぽを向く桃の態度に、「……ほう?」と満仲が笑顔の裏で怒りマークを表す。


「そうかそうか。そんなに罰を与えてほしいか」


 頬に怒りマークをにじませながら、ぎゅうううと桃の頬をこれでもかと伸ばす。


「ひひゃひひひゃひ(いたいいたい)! ひゃひひゅんひょひょ(なにすんのよ)!」


 桃が慌てて満仲の手を払いのける。


「もう! 可愛い頬に何してくれてんのよ! お嫁にいけなくなったら、どう責任とるつもり!?」


うるさいのう。その時はその時じゃ。そなたが嫁の貰い手がない時は、この天才陰陽師、不動院満仲の……」


 真剣な表情で見つめてくる満仲に、「え? なに? うそでしょ……?」と赤面する桃がゴクリと唾を飲み込む。


「――わしの第八妾だいはちめかけくらいにはしてやろう」


 満足気にウンウン頷く満仲に、さあっと表情を消す桃。瞬時に主である満仲の頬に鉄拳を食らわせた。


「なっ? なにゆえ殴るっ? このわしのめかけになることの何が不満だと申すのじゃっ……!」


「うるさいっ! アンタなんか大っきらいよ!」


 これにはそばで毛ぐしを待っていた四神らも呆れる他なく、満仲に対し、どうしようもないくらい残念な視線を送る。


 その光景を不動院家の縁側に腰掛けて見ていた麒麟きりんは、「はは。霊亀れいき様は本当に残念な御方ですね。第八妾って……」と苦笑いを浮かべた。


 霊亀とは、帝の守護者の役を担う瑞獣ずいじゅうの一体である。満仲は霊亀として、麒麟が帝の影となるべく、こうして日々指南しているのであった。


 すっかり不機嫌となった桃が、四神である白虎、玄武、朱雀、青龍に向かい、満仲への不満を示す表情を向けた。それに四体の獣達は言葉を発することなく、(まあ、仕方ないよ。こんな主だもの。なんかうちの満仲がごめんね……)という視線を向ける他なかった。


「――くっしゅん!」


 にわかに満仲がくしゃみをした。


「なによ? 天才陰陽師サマも風邪をひくって? 風邪は阿呆しかひかないんじゃなかったかしらぁ?」


「……ウルサイ。これはアレじゃ。誰かがわしの天才ぶりを噂しておるのじゃろう。そうじゃ、きっとそうにっ……クッシュン!」


「それはそれは大層なお噂ぶりですこと」


 ぷぷぷと笑う桃に、四神らもニマニマする。


「そなたらも一緒になって笑うでないわ! ったく、今日は何だか調子が悪いのう。何なのじゃ、まったく……っしゅん!」


「もう何回目よ?」


「大丈夫ですか? 霊亀様。今日は屋敷の中で休んでいた方が良いんじゃ?」


「いや、大事ない」


 鼻をこすりながらそう言うも、満仲に悪寒が走る。ブルブルと震える背中に、「ちょ、本当に大丈夫なのっ?」と桃も慌てて満仲の背中をさすった。


「ああ。……じゃが、どうにも力が入らぬ。なんじゃ、おかしいのう。この感じ、何かが来るっ――」


 クッシュン――と満仲がくしゃみをしたのと同時に、四神らが白煙と共にドロンと消えた。


「なっ? わしは術式を解いてはおらぬぞ!」


 満仲の慌てぶりに、桃と麒麟はただならぬ予感がした。白煙の中に、四人と思われる人影がある。


「……は?」


 首を傾げる満仲の耳に、はっきりとした声が聞こえた。


「――なぁんだぁ? どうなってやがる?」


「もぅ、ここは何処どこかしらぁ?」


「僕達、確か紅怜こうれんの酒宴の席で酔っ払って、それから……?」


「まったく、どこかの虎が悪酔いするのがいけないのじゃ。のぅ、――羽邏うら?」


「ピャ……ピャイ!」


「おおい! 俺のせいだってのかぁ?」


「ピャ! ピャァ」


 白煙が薄れ、四人の声の主が、はっきりと浮かび上がってきた――。


 両者、一瞬の間の後……。


「はああああああ?」


 その場にいるすべての者達が、同じ驚愕の声を上げた。

 

 四神と入れ替わるようにして現れた、四人の見目麗しい男女。彼らは一体何者なのか。この時の満仲には、知る由もなかった。


 続く――。

 



 





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