第12話 ニコライ・ベーレンス

 教会は、レフレリア王国建国時より前からあるそうだ。

 大司祭であるニコライの父親は、王家と同様に民衆から崇められてる対象となってるみたい。


 私は信心なんてのは持ち合わせていない。

 だけど、白一色で、先端が天高く聳える教会の建物からは、神々しい美しさがあって凄いな〜って感想を抱いちゃうよ。

 特に夕暮れ時の今になると、まるで建物全体が夕日にあたって光ってるようにすら見える。


「すいませ〜ん、ニコライはいますか〜?」


 教会の内部は、ステンドグラスを通して差し込む夕日の光で、幻想的な雰囲気に包まれていた。

 

 祭壇に目を向けると、ニコライが祈りを捧げている姿が目に入る。

 光に照らされているニコライの後ろ姿は、まるで宗教画に描かれている1枚の絵画のようだ。 

 

 ニコライの祈りの声だけが、かすかに響いている。

 その姿は神聖で、まるで別世界の人のようだった。


 ……美しいなあ。

 

 つい見惚れてしまっていたら、ニコライがこちらを見てきた。


「何故、貴女がここに?」

「いや、だって、あんな感じで帰っちゃったし……」


 さて、どう切り出すか?


 ニコライって私のことを好きなの?

 って聞くのは、自信過剰家みたいに思われるよねえ。


 けれど、彼が勇者の転生体かどうかを確認しなくてはならない。


 私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせていく。


「ニコライって、イワンたちと仲が良いんだね。

 みんな心配してたよ?」

「そうですか。わざわざありがとうございます」

「幼馴染ってやつなんだよね。

 いいなあ、私も幼馴染がほしかったな〜」


 軽い口調で、会話のキッカケになるように呟く私だったが、イワンの表情が曇っていく。


「……幼馴染なんて、そんな良いものではありませんよ」


 吐き捨てるように、ニコライは言った。


「リーシャ嬢……貴女は想像もしたことがないのでしょう。

 幼馴染と比較され、置いていかれる感覚を。

 僕は王立学校を卒業したら、この教会で死ぬまで祈りを捧げなければなりません。

 それに比べて、イワン殿下たちには才能に見合うルートが、卒業後に用意されています。

 イワン殿下も、ボリスも、フェリクスも、ユリウスも、ソフィア嬢も、表舞台できっと歴史に残る偉大な業績を成し遂げるでしょう。

 殿下たちは、それだけの才能も持っているのです。

 それはきっと、リーシャ嬢に、僕たちと一緒にいて物怖じしなかったカリーナ嬢もです。

 それが僕には羨ましく、眩しく、妬ましいのです」


 あ、それめっちゃわかるかも。

 私だって勇者に2度も殺され人生台無しにされて、今世でも命を狙われてるのだ。

 普通に人生送れてる人が羨ましいって思ってるのだ。


 それに、前世の岩下真帆時代の親友が才能溢れる子だったから、友人に嫉妬する気持ちも理解できるよ。


「わかるわ〜」


 思わず漏れる私の本音に、ニコライは何故かブチギレた。


「あなたに、何がわかるというのです!

 好き勝手生きて、周囲の人たちを魅了して、僕なんかのことまで気を遣う。

 これ以上、僕の心を乱さないでくれ!」


 ニコライの怒りに、私は思わず後ずさる。

 けれど、ここで引いてはダメだと本能が告げている。

 私は、ニコライの本音を受け止めなければならないのだ!


「別にいいじゃない。

 ニコライも好き勝手生きたって。

 だってそうでしょ?身分や生まれた環境に縛られて生きるのって、自分を殺してるだけだよ。

 もっと気楽に生きようよ。

 使命とか宿命なんてのより、自分がどう動いて、どう生きたいかの方が重要でしょ?」


 私は前世、何も使命や宿命なんてなかったけど、何も成せずに殺されてしまったのだ。

 その後悔が、今の私を形作ってる。

 だから、ニコライには後悔してほしくないのだ。


「人生は一度きりなんだから、好きに生きなきゃ♪

 やらずに後悔するより、やって後悔ってね。

 あはは、私ってバカだから、うまく伝わってるかわかんないけど」


 私は自分の頭を掻いて、少し恥ずかしげに笑った。

 けれど、私の言葉が届いたのか、ニコライの表情から怒りや苛立ちが消え、代わりに決意と希望に満ちた表情へと変わっていく。

 

 その姿は、まるで長い眠りから目覚めたかのようだった。


「リーシャ嬢……君って人は本当に……」

 

 ニコライは、1つ大きく深呼吸をする。

 ニコライは少し考え込むような表情を見せてくる。

 そして、私の方へ歩いてきた。


 え?何?何故に近寄ってくる?


「君の自由な生き方、そして周りの人を惹きつける魅力。

 それらが僕の目を開いてくれたんだ」


 彼の目に、今まで見たことのない輝きが宿っている。


「僕も、自分の人生を自分で選びたい。

 そして……君と一緒に歩みたい」


 そしてニコライは跪き、私の手を恭しく取り、手の甲にキスをしたのだ。


 彼の柔らかな唇の感触と、真剣な眼差しが、私の心を激しく鼓動させる。

 教会の鐘の音と、私の心臓の音が響き渡る中、この瞬間が永遠に続くかのように思えた。


「唇を重ねたいが、今はこれで我慢しよう。

 貴女はファーストキスを特別大事そうにしていたね。

 なら、それは大事に取っておいた方が良い。

 僕、ニコライ・ベーレンスは、リーシャ・リンベルを巡る恋の戦いに参戦すると、ここに宣言しよう」

 

 ニコライは私を見上げて、柔らかな表情を向けてきた。

 

「いや、その、えっと。

 変なことを聞くけど、どうして私を、す、好きになったの?

 ほら、そんなに接点なかったし。

 意外すぎてビックリっていうか」


 私はニコライの真っ直ぐな眼差しを直視できず、しどろもどろになった。


 なんだ?このシチュエーションは?

 なんで私がモテモテなのだ?

 前世で告白された回数ゼロの私。


 今世では、ファーストキスを狙ってくる勇者のみに気をつけるように心掛けていたのに!


 そんな私の心中を慮ってか知らずか、ニコライは淡々と答えてきた。


「入学式の日、壇上に登った貴女の姿を見た時から。

 貴女とファーストキスを重ね合いたいと、僕は思ってしまったんだ」


 ニコライの告白に、私はただただ困惑するしかなかった。

 な、なんでだ〜?  

 どうして私がモテてるんだ〜?

 ニコライの爆弾発言で、私の思考回路はショートしたのである。

 

「フフ、混乱させてしまったね。

 ライバルが多いが、絶対に僕が勝つ。

 君のファーストキスを奪える日を、楽しみにしているよ」

 

 ニコライは立ち上がり、私にウインクして教会の奥にある扉から出ていってしまった。


 ニコライの目に宿る決意。

 それは単なる恋心だけでなく、自分の人生を変えようとする強い意志のように見えた。


 私の存在が、彼の中で何かを変えたってことなのだろうか?

 

 取り残された私は、ただただ呆然とするしかない。


 ニコライまでもが、私のファーストキスを狙っているなんて。

 でも、彼の言葉には嘘がないように感じる。


 うん、これってニコライは勇者の転生体ではないかも。

 だって勇者なら、こんなキザに決めないで強引に奪ってきそうだし。


 でも、もしかしたらこれも演技かもしれない……慎重に見極める必要がありそうかな〜?


 はあ〜、この状況で正しい判断ができないよ〜。

 モテモテの私、慣れないなあ。


 イワンたちがこれ知ったら、どんな反応をするだろう。

 ニコライまでもが恋のライバルになるなんて……この状況をどう思うんだろう?


 なんて考えながら、私はいつの間にか女子寮へと帰っていたのであった。


 ***


『岩下真帆殺害事件


 第6容疑者


 ニコライ・ベーレンス


 年齢 16歳 王立学校1年生

 容姿 銀髪 童顔イケメン 低身長

 身分 教会の大司祭の嫡子

 能力 万能型だけど特化部分がない

 性格 悪人は許しません

 人生 リーシャに出会うまでは順調だった

 目的 リーシャと結婚すること(本当かは不明)』

 

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