蘇生:後
「お迎えにあがりました」
数日後の夜、観光ガイドが女の居宅を訪れた。
ガイドは長い髪を無造作にまとめ、黒い道服を着込んでいる。素っ気ない姿は少年のようにも見えた。
ガイドの変貌に女は首を傾げる。
「どうしたの、その格好」
「お気になさらず」
らしからぬ姿の観光ガイド──
金で雇っただけの相手だ。女もそれ以上は追求しない。
今は早く本国の邸宅に帰りたかった。
帰って我が子に一流ブランドの服を着せ、栄養満点なミルクを与え、ふかふかのベッドに寝かせてやりたかった。息子との忙しなくも満たされた生活に想いを馳せ、女はまなじりを緩ませる。
「御子息が
夫人は眉を寄せたが、顔を見るだけなら──と承諾する。
鎮座する赤子の肌は青白く、硬直した肉体は歪な姿勢で固まっている。薄く開いた目からは濁った目がのぞき、ひび割れた唇の奥からは、ぎち……ぎち……と歯軋りの音。
どこからどう見ても赤子の死体。それがぎこちなく動いている──それだけだ。
『物』のキ物は放っておく
だが、『外』からやってくるに悲嘆にくれた人々は所感を別にするらしい。
彼らは家族や恋人の蘇生を願ってこの街を訪れる。気持ちは察するが動く死体をつくらないで欲しい。
そも動く死肉は生物か? 屍が動けば蘇りか? いくら動こうと、屍に
──繊細なことを考えるのは止めよう──
森羅万象は脈を持つ。脈は龍脈や気脈と呼ばれ、
キ物も脈と点を持ち気を巡らせることで自律を可能としているようであった。
が、脈はこんがらがり点は見当違いの位置にある。気の巡りも
目前の
なので
「──
気の巡りがでたらめなキ物は、点を刺激するだけで崩れる。
赤子の
夫人は目を見開いて、我が子の崩壊を見ていた。
「──あ」
数秒の沈黙のあと
「──あぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
絶叫が響く。
我が子を『崩された』母親は鬼の形相で
「人殺し、人殺し、ひとごろし‼︎ 私の、私の坊やを‼︎ ──あぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
「私の行いは『殺人』ではありません。『遺体損壊』が妥当かと」
掴みかかる夫人の手をひらりとかわし、
「うるさい‼︎ 人殺し、人殺し、人殺し──‼︎ よくも私の坊やを‼︎」
「申し訳ありませんが、貴方の悲嘆を私は知り得ない」
なおも伸びる手をかわしながら
「そして、我が子の屍を動かそうという貴方の心情も理解しかねる」
歪に動く我が子を見て、思うことはなかったのだろうか?
「うるさい! うるさい! うるさい! うるさぃぃぃぃぃ‼︎」
夫人の叫びはなおも響く。異変に気づいたのか、夫人の護衛と使用人がまばらに部屋に入ってきた。
「あの女を八つ裂きにして‼︎」
憤怒の形相で夫人は側仕えたちに命じる。
「手脚をもいで生きたまま下水に放り込んで‼︎ 決して楽には死なせないで‼︎」
側仕えたちは夫人と
多勢に無勢は避けたい。
「
側仕えたちに告げると、彼らは目配せをして一様に頷いた。
屈強な護衛が夫人を押さえ込む。夫人はけたたましく叫んだ。
「お前──お前ぇ‼︎ 貴様らの主人は私でしょう⁉︎ 主人に無礼を働くとは何事か‼︎」
「我々は貴方の従者である前に、旦那様の従者なのですよ」
「正気に戻ってください、奥様」
加勢したもう一人がうんざりしたように告げた。
夫人は現在属している家──夫の家の側仕えを伴っていた。
彼らの正式な雇用者は夫人ではなく彼女の夫だ。夫人の
旦那様の依頼は夫人の監視と安全の確保。夫人の依頼は本国から
ただでさえ混沌とした郷里に『動く死体』という不浄を増やしたくなかったのだ。
夫人が居室から連れ出されてほどなくして、彼女の叫びは途絶えた。
側仕えの一人がやってきて告げる。
「奥様にはしばらく眠って頂きます。後日改めて本国へのルートを案内して頂けませんか?」
「
「御子息も本国にお帰りになるのですよね?」
側仕えは虚無の目でベビーカーを見る。
「私、じゃんけんが弱くて」
「はぁ」
「じゃんけんに負けて坊ちゃんの
「はぁ──」
割と同情した。
「これ以上死体の相手をしたくな──もとい、坊ちゃんを奥様の側に置いたらどうなるか。そちらで坊ちゃんを弔ってください」
丸投げされ
「追加料金次第で
「でしたら、旦那様にご確認を」
側仕えは携帯電話端末を
──私の跡取りは完璧で優秀な子が相応しい。本国の技術を駆使して次の子をつくるので、
旦那様の
「一千万
追加料金を請求すると、
散らばった赤子の遺体を拾い集め発泡スチロールの箱に積めると、
北方の中つ国からの流れ者が多い
無法の街にも信仰や
小さな身体は炎に包まれても簡単に燃え尽きない。抗うかのように踊る火の中で形を保つ。
「──貴方はどうしたかった?」
思わず問うた。
動く屍となってでも母の側に居たかっただろうか? それとも両親に
散った命からの返答はない。
荼毘の炎だけが揺らめき弾け、赤子を灰に返していく。
ネオン入り乱れる
◼︎──────
後日、茫然自失としていた夫人の元に封書が届く。
その中身は遺灰であった。
姿を変えた我が子に夫人が何を思ったのか。知る者は居ない。
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