良塵
「やはりお父様は
「違うって……。理由は説明しているだろう……
」
「いいえ! きっと
「お前その台詞、言ってみたかっただけでしょ……」
『少女』となった養い子の茶番に、チェンは額を押さえた。
話は数日前に遡る。
チェンの養子リャンは、半陰陽の肉体を持ち、必要に応じて男女を切り替える。
少年のリャンには慣れているが、少女のリャンは不慣れだとチェンが告げると『なら、
チェンは困惑しつつもその提案にのっていたのだが。
黒いフリルの衣装に、長いツインテール。整った顔立ちにつぶらな
可憐な
彼らは品定めする目で
チェンが共に店舗にいる時はまだ良い。所用で
営業の邪魔だし養子の情操によろしくない
そんな訳で、少女から少年に戻るよう注意したところ、この有様だ。聡いリャンはチェンの言い分を理解しているだろうに。
「お前だって下心丸出しの輩に寄られて、良い気分はしないだろうに」
「この人たち何やってんのかなって程度の感想だよ。いざとなったら叩きのめせるし」
少女の
「確かにお前は私より腕っぷしが強いけれども。集団に囲われて
「えぇぇぇぇぇぇぇ……」
リャンは不満を露わにした。
自身を『物』と言ってはばからず、その
しばし考え込み、チェンはハッとする。防犯になるし被服代もかからないので、半陰陽の子を男子として扱ってきたが。
「もしやお前、女子として育てられたかった?」
「違うよ」
速攻で否定された。
リャンはくるくると黒髪をもてあそぶ。
「俺は俺に備わった『機能』を十全に使いたいだけだよ。『良い
意図が掴めず顎を撫でていると、リャンはチェンを
「『
「あー……」
ようやく合点がいった。
『物』の名は時として機能を表す。
洗濯機は『洗濯をする機械』。冷蔵庫は『冷やす倉庫』。蓄音機は『蓄積した音を再生する機械』。
名は体を現す。リャンはそれを実践したいのだ。『
『頭』は記憶する部位であるから『良く記憶しよう』と努め、『脚』は駆ける部位だから『より速く駆けよう』とする。両性であるから『男でも女でも在りたい』のだろう。なので『女子』としての
卓に着く者が無くて荒ぶり走った
「……健気だなぁ、お前は」
思わずぼやく。この拾い子はチェンの名付けを全力で実践しようとしている。
久々に頭を撫でてやると、リャンも満更ではないようだ。得意げに鼻を鳴らした。
「父さんの『チェン』は、何て書くんだい?」
「
苦笑しながら応えると、リャンは目を瞬かせた。
女人街の娼婦の子がチェンだ。『塵』と呼ばれても致し方あるまい。命があり、名があるだけでも幸運だ。
しかし養い子は、義父の名に目を輝かせた。
「そっか、だから『物』が好きなんだね、父さんは」
意味をはかりかねているとリャンが言う。
「『塵』っていつも、『物』にくっ付こうとするだろう?」
チェンは呆け──次いで爆笑した。腹がよじれる程笑ったのは久しぶりかもしれない。
確かにそうだ。『塵』は放っておいても『物』に積もる。いくら掃除しようがお構いなしに『物』に降り積もる。
「なかなか『良い名』をもらったものだね、私も!」
笑いすぎて出た涙をぬぐいながら告げる。
自身の名にこうも晴れやかな心地を抱いたのは初めてだった。
「あ、じゃぁ店の掃除は控た方がいい? 『塵』と『物』の逢瀬の邪魔をしてしまう」
再びチェンは吹き出した。大笑しながら養い子の細い肩を叩く。
「いや、うちの『
「わかった」
ハタキを片手に店舗に出ようとするリャンの首根っこを、チェンは慌てて引っ掴む。
「まずは女子の服を着替える!」
目ざとい養父に、リャンは舌打ちした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます