入学式の終わりに

入学式は予定通りに進行し、閉式の辞をもって終了した。続いて記念写真の撮影、新入生と保護者だけ会場に残されて教職員紹介、その他諸々の連絡事項伝達が行われて今日の予定はすべて終わった。

そう言えば、校長先生式辞の後の俺の行動については、軽く注意を受けただけで厳しくは怒られなかった。

通信制の学校だからこそ様々なタイプの生徒がいて、毎年、式の最中に突然立ち上がって歩き出す生徒が一人、二人はいるとのこと。

つまり俺もそういう生徒だと思われたようで複雑だが、是非もなし……。

 

それから、保護者席にいた母さんと合流した。

「あんた、最初からやらかしてくれたね」

開口一番、突っ込まれた。

母さんに呆れられて、俺はただ謝るしかない。

「うん、ごめん」

「で、何かあったの?」

「………………」

「あんたが何もないのにあんなことはしないってことだけは、わかってるからね」

過去の俺のやらかしが決して利己的なものではないと母さんも理解してくれていることは俺もわかっているし、感謝している。

さて、どう説明したものかと思ったところで、背後から声をかけられた。

「あの、高橋君のお母様でしょうか?」

もう聞き慣れたといっていい声。立花さんだ。

立花さんの後ろには、和服姿の女性がいた。彼女の母親だろうか。うちの母さんよりも明らかに年上で高校生の親としては少し年嵩な感じもするけど、見るからに穏やかな優しそうな女性だ。

「あら、あなたは新入生代表をやっていた……」

「はい。このたび高橋君の同級生となった立花雪乃と申します。よろしくお願いいたします」

「これはご丁寧に。鎮理の母です。よろしくお願いします」

母さんも自己紹介をして頭を下げる。

「高橋君を叱らないであげてください。高橋君にはその……大変お世話になりました」

「そう……なら、詳しくは後ほど鎮理から聞くことにするわね」

母さんは立花さんの態度から何かを察したようだった。

「ありがとうございます。あと、母が挨拶をしたいと……」

立花さんが言うと、背後に控えていた和服の女性が一歩進み出た。

「立花雪乃の母でございます。高橋さんには大変お世話になったと娘から聞きました」

「あ、いえ。俺……僕も立花さんにはお世話になって………」

こんな丁寧な挨拶をされるなんて初めてのことで、どう返事をしていいのか迷ってしまう。

「ご迷惑をおかけすることが多々あると思いますが、娘と仲良くしてやってください」

「いえ……こちらこそ、よろしくお願いします……」

立花さんのお母さんから深々と頭を下げられてしまった。正直、立花さんのお母さん公認で仲良く出来るのならこれ以上嬉しいことはない。

とりあえず後は母さんに任せた。

うちの母さんと立花さんのお母さんが改めて親同士の挨拶をしている横で、俺と立花さんも話をすることになった。

 

「先程は本当にありがとうございました。おかげで肩の力が抜けました」

あの時、少しでも式の流れを断ち切って、代表のことで頭がいっぱいの立花さんの気を逸らせる間がほしかった。

目論見通りに緊張していた立花さんも周囲に合わせて笑って、一呼吸つけたようだ。

それで彼女が代表の挨拶を無事に出来たのだから、俺がみんなの笑い物になったことなど大したことない。

 

「それなら良かった。代表の挨拶しっかり出来てたよ」

「でも、いただいた折り鶴がボロボロになってしまいました……」

立花さんが見せてくれた折り鶴は、ほぼ丸まって原型を留めていなかった。挨拶の原稿を持っても尚手に持てるように小さな折り紙で作った鶴だったが、立花さんはよほど強く握りしめていたのだろう。

「ああ、それでも折り鶴が役目を果たせたのだから、良かった」

「高校に入って、最初に知り合えたのが高橋君で本当に良かったです。改めて、これからよろしくお願いしますね」

立花さんが手を差し出してきた。これは、握手を求めているのだろうか。うん、考えるまでもなく、そうだろう。

女の子と握手をするなんて、多分幼稚園の時以来のことで俺は逡巡したが、さすがにスルー出来ない。

俺は覚悟を決めて、立花さんの小さな手を握り返した。少し湿り気と温もりを感じた。

「こちらこそ、よろしく」

 

「話、終わった?」

母さんがニヤニヤしながら声をかけてきた。立花さんのお母さんも穏やかな笑みをたたえながら見ていた。

…………

すげぇ、恥ずかしいんだけど。多分、顔が赤くなってると思う。その原因を作った立花さんもニコニコしていた。

「ほら、外出て看板の前で記念写真撮るわよ。雪乃ちゃんも誘いなさい」

母さん、早くも立花さんのこと下の名前呼びになってる……。

 

そして母さんに強引に連れられて、俺は校門の横に立っている入学式の看板の前で記念写真を撮ることになった。

まずは俺一人。次に母さんとのツーショット。

そして、俺と立花さんのツーショット。

最後に何故か、俺と立花さん、双方の母親も入った、外堀を埋められたような写真。

まだ挨拶すらしていない名も知らない女子生徒が撮ってくれたもので、その代わりなのか女子生徒と立花さんのツーショットと何故だか俺も入って三人での写真も撮られた。

  

こうして高校の入学式は終わった。

スマホに保存された記念写真。

入学式の看板の横で、俺と立花さんが並んでいる。

自分では気づかなかったけど、俺は笑っていた。

自分がまたこんな風に笑えるなんて思っていなかった。

これを見たら、これからの高校生活そんなに悪いものではないかなと思えてくる。

よし、頑張ろう。

俺は決意を新たにした。

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