バカと新入生代表

教頭先生の司会のもと、入学式は粛々と進行していく。

開式の辞、国歌斉唱、入学許可と続き、校長先生の式辞が始まった。

お約束のように話が長い。

そんな中、隣の立花さんを見ると、あからさまに緊張していた。表情からしてガチガチだ。


あー、まずいな。これ。

たぶん頭の中は挨拶のことでいっぱいなのだろう。

いくら挨拶の原稿があってそれを読むだけって言っても、これだけ緊張してたらたぶん読めないと思う。

立花さんのあがり症、なかなかに深刻らしい。

とにかく、なんとか緊張をほぐしてあげたいところだけど、今は入学式の真っ最中。出来ることはほとんどない。

いや、あるか。


『男は時にバカになってでもやらなければならないことがある』

何かの本でそんな言葉を見たことがある。

俺はそれで中学の時にもバカをやった上、クラスメイトたちの醜態を見て集団生活が嫌になったんだ。いい思い出はない。

それでも今はひとりの女の子の緊張をほぐすためにバカを演じよう。

 

校長先生の式辞が終了したタイミングで、俺は覚悟を決めて立ち上がると拍手をした。

「先生、素晴らしいお話、ありがとうございました!」

大声で言う。途端に体育館の中が失笑にあふれる。

「あー、君、静かに。座ってください」

教頭先生から呆れたように注意されて、俺は座った。

後で怒られるかな?でも……

俺のことを笑う周囲の同級生と一緒に、立花さんも笑っていた。その彼女と目が合った。

俺はそっと右手の親指を立てる。

「あ……」

立花さんは俺の意図に気づいたようだけど、それに反応する間もなく、教頭先生に名前を呼ばれた。


「新入生、誓いの言葉。新入生代表、立花雪乃」

「はい!」

立花さんはとても良い返事をして立ち上がり、舞台へ向かった。その姿はやっぱりランウェイを歩くモデルのようで、見惚れている人が少なくない。 

壇上に立った立花さんが、校長先生と向かい合う。そして、挨拶の書かれた紙を広げた。

「誓いの言葉。柔らかな春の日差しに包まれ、草木が芽吹く季節となりました。本日は、私たち新入生のために心こもった入学式を挙行していただき、御礼申し上げます……」

立花さんは透き通るような澄んだ声で挨拶を述べる。

少し言葉に詰まるところがあるものの、大きな問題はない。みんな、彼女の美しい声に聞き惚れている。

そして、挨拶を終えて紙を畳むと、校長先生に一礼して壇上から降りた。

その一連の所作は完璧で美しい程だった。

 

立花さんが自分の席に戻ってきたのを見て、俺は彼女に声をかける。

「お疲れ様」

立花さんは少し驚いたような表情を浮かべてからすぐ笑顔になった。

「ありがとうございました」

まだ式の途中なので交わした言葉はそれだけ。でも今はそれで十分だ。

新入生代表の大役を終えた立花さんはホッとしているようだった。その姿を見て俺も安心する。

式が終わってから、俺は先生に怒られるかもしれない。でも立花さんの緊張がほぐれて挨拶を無事に終えられたのだから悔いはない。

「是一途、義によって候。諒承願い奉る」

先生にはそう言ってごまかそう。

もっと怒られるか……

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