入学式

今日はいよいよ高校の入学式だ。

一昨日が高校最初の登校日だったとはいえ、入学式を迎えてこそ高校生になるのだと実感出来る。

今日は母さんが参列してくれ、保護者席に座る母さんと別れて俺は新入生席へ向かった。

普通の入学式のように新入生が整列して入場行進するセレモニーはなく、直に新入生席に座ることになっている。

席順表を見たら名前の順のようで、俺の右隣は立花さんだった。

「たか」と「たち」の間に入る名前の生徒がいないことに感謝する。

彼女はまだ来ていないらしく、空席だった。

俺は今日、立花さんに渡すある物を用意していた。

あがり症だというのに新入生代表として挨拶をする彼女のためのちょっとしたおまじないだ。

 

立花さんが来るのを待ちつつ、俺は周囲を見回した。

一昨日のオリエンテーションでは最前列に座ったため同級生たちをほとんど見ていなかったが、今日は嫌でも目に入ってくる。

左隣は俺よりも明らかに年上の既に成人していると思われる女性だった。就活生っぽいスーツ姿だ。

一方の後ろの席は、なんと地雷系女子だった。濃いメイクはもちろん服装もそれらしくピンク色と黒色のヒラヒラした感じの服を着ている。いくら制服がなく服装自由とはいえ入学式でそれはどうかと思わなくもない。

とにかく見てると生徒の年代もタイプも幅広く、いかにも話に聞いていた通信制高校らしいなと思った。

 

その時、会場の体育館内にちょっとしたざわめきが起こった。

うん……?

見ると、光り輝くような美少女が新入生席へ向かって歩いてきた。

長い黒髪を揺らしながら背筋を伸ばして姿勢良く歩く姿は、スレンダーなスタイルと相まって、ファッションショーのランウェイを歩くモデルのようだった。

立花雪乃さんだ。

今日の服装もブレザーにネクタイ、グレーのスカートに黒タイツという制服風のスタイル。

そして、先日のようにメガネとマスクをせず、素顔を見せていた。新入生代表を務めるからだろうか。

みんながざわめくわけだ。トップレベルのモデルやアイドルと遜色ない美少女が現れたのだから。

彼女が見つかってしまったことに、俺はちょっと寂しさを感じた。一昨日は俺だけが立花さんの素顔を知っていた。その優越感がなくなってしまったが仕方がない。

やがて、立花さんが俺の隣の席にやってきた。

既に着席している同級生たちの注目を集める中、立花さんは俺に気づいて微笑みかけてきた。

「おはようございます」

「おはよう」

まだ知り合って二日目なのに、自然に挨拶が出来た。

同級生とこうして朝の挨拶を交わすのって久しぶりだな。

「いよいよ入学式ですね。高校生になるんだと実感がわいてきました」

「そうだね。だから俺も今日は高校生らしい服装してみた」

入学式に合わせての正装ということで、俺の服装はブレザーにネクタイ、グレーのスラックス。配色が立花さんと被っているけど示し合わせた訳じゃなく、ただの偶然。

「私たちの服装、似てますね!同じ学校の制服という感じで嬉しいです」

そう言ってはしゃぐ立花さん。確かに制服のある学校なら男女共通のデザインだろう。

同級生との共通項というものに関心の低い俺にはその嬉しさがよくわからないが、それで立花さんがあまり緊張しないでいてくれるのなら、それでいい。

そうだ、緊張といえば。

 

「立花さんに渡すものがあるんだ」

「私にですか?」

立花さんは不思議そうな顔をする。

俺はブレザーのポケットから、用意していたものを取り出すと立花さんに差し出す。

「これ、持ってて」

「これは……折り鶴ですか?」

「うん。折り鶴を左手に持っていれば、緊張しないんだって」

昨日、家に帰ってからネットで調べて見つけたおまじないのひとつだ。根拠もない迷信だが、俺に出来るのはこの程度のものしかなかった。

「高橋君の手作りでしょうか?」

「そうだよ。折り紙なんて小学生の時以来で不細工な鶴だけど、これで立花さんが緊張せずに代表の挨拶を出来ればと思って作ってみた」

俺から折り鶴を受け取った立花さんは、それを両手で愛おしそうに持った。

「ありがとうございます。嬉しい……」

そして立花さんは決意を固めたような表情で俺を見る。

「実は昨日の体育館での練習、やっぱり緊張して上手く出来ませんでした。でも私、精一杯代表の務めを果たしますから見ていてください」

「わかった。大丈夫、上手くやれるよ」

「はい!」

根拠などない。でも、立花さんはここまで人知れず練習をしてきたはずだ。ずっと頑張ってきたのだろうから、今は頑張れという言葉よりも、努力を肯定して背中を押した方がいいと思った。

そして、いよいよ入学式が始まった。

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