雪乃の悩み

「そういえば私、明後日の入学式で新入生代表を務めるのです」

歩きながら話をしていると、立花さんが思い出したように明かした。

「へえ、それは凄いね」

俺は素直に称えた。

新入生代表といえば、普通は入試の成績優秀者が選ばれると聞く。うちの学校の入試は出願書類の選考と面接だけだったが、その中で彼女は代表に選ばれるほど光るものがあったのだろう。

まあ容姿は光るどころではない圧倒的な輝きがあるけど。

しかし、立花さんは浮かない顔をしている。

あ、たった今あがり症だと言ってたっけ。

「そうなのです。私、あがり症なのに、大勢の前で挨拶をするなんて不安で……」

「断れなかったの?」

「最初は断ろうと思いました。でも、とても光栄なことですし、一生に一度の大役ですから受けることにしたんです」

「そうか……立花さんは立派だね」

「そうでしょうか?」

「うん。自分の弱点を知ってて逃げないで役目を果たそうとしてるんでしょ。立派だよ」

「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」

立花さんはお礼を言って俺に微笑んだ。

俺はその場に卒倒しそうになったがなんとか踏みとどまった。その微笑みは眩しすぎる。

「でも、あがり症は克服出来てる訳じゃないんだよね?」

「そうなんです。自宅でも挨拶を読み上げる練習をしているのですが、自分の部屋でひとりで練習するのと、本番の舞台上で挨拶をするのは別ですからね。やっぱり不安です」

表情を曇らせる立花さん。

あがり症克服のいい方法はないものだろうか。

「聴衆を人間だと思わなければいいってよく言うよね。当日は俺たちのことを畑の野菜や牧場の牛や馬だと思えば?」

「確かによく聞く話ですけど、お野菜やお馬さんの前でひとりで喋っている姿をイメージすると、自分が頭のおかしい人になってしまったようで不安になります……」

…………

そんなネガティブな思考する人、初めて会った。言われてみれば確かにそうなんだけど、それはイメージしすぎでしょ。

「すみません……。せっかくアイデアを出してくださったのに……」

「いや、いいって。あまり力になれず、俺も申し訳ないよ」

立花さんが本当に申し訳なさそうなので、俺は慌ててフォローした。

「明日は入学式の準備にあわせて私も実際に舞台に立って最後の練習をするんです。上手く挨拶できるイメージを持ちながら頑張ってみます」

「わかった。俺も応援しているよ」

とはいえ、ただ応援するだけでなく、俺に出来ることは何かないものだろうか……


その後、俺と立花さんはこれからの学校生活や高校での勉強のことなどを話しながら駅へ向かい、電車に揺られていよいよ今日の別れの時がきた。

「今日はありがとうございました。高橋君と知り合えてよかったです」

「俺も。立花さんと知り合えてよかったよ」

「そう言っていただけると嬉しいです」

電車は立花さんの下車駅、西沢駅に停車する。

「それでは明後日の入学式でまたお会いしましょう。ごきげんよう」

立花さんは会釈したあとで小さく手を振って、電車を降りた。

彼女が最後に見せた笑顔と女の子らしい振る舞いは、俺の心に立花雪乃さんという存在をはっきりと刻み込んだ。

 

人との出会いなど期待していなかった通信制の学校で、初日からまさかあんな自分の理想に合致する可愛い女の子と出会って一緒に帰ることになったとは。

まさに夢のようで信じられない。

でも、彼女はたった今まで実際に俺の隣にいたのだ。

立花雪乃さんか……

彼女がなぜ積極的に俺に絡んできたのか結局わからないまま。でも、立花さんは俺が最初に不安に思ったような騙すようなことは終始なかった。

彼女のことは信じてもよいのではないだろうか。

俺はそう思いながら、ひとり電車に揺られた。

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