帰り道

「高橋さん……君は、帰りはどちらですか?」

オリエンテーションが終わり、今日はこのまま下校になるので帰り支度をしていると、隣の席に座っていた立花さんに声をかけられた。

「俺は、鷺山駅から電車だよ」

さんくんってなんだ?と思って、言い直したのだと気づいた。無理せず呼びたいように呼んでくれればいいのに。真面目な子なのかな。


立花さんが聞いてきたのは、この学校が南北に二つある鉄道路線のちょうど中間に位置し、最寄り駅が二つあるからだろう。

北側は徒歩約十五分の鷺山駅、南側は路線バスで約十分の花橋駅だ。

「わあ、私も同じです!よろしければ、帰りご一緒してもいいですか?」

………………

別にいいんだけど、立花さんの積極性がなんか怖くなってきた。

空席が他にあったのに俺の隣に座ってきたことに始まり、積極的に俺に話しかけてきて。

別に俺、イケメンでもないモブみたいな男で目立つ存在ではないんだけど。

確かに今日はひとりだけ最前列真ん中に座って目立ってはいたけど、ただそれだけ。

立花さんのターゲットになるような覚えはない。

それとも俺が凡庸なモブで騙しやすそうだから何か企んでいるとか?

立花さんの表情は大きめなマスクに隠されて見えない。でも、メガネの奥の目を見るととても何かを企んでいるようには思えない


ダメだな。俺は中学時代の経験から人間不信なところがあって、どうしてもネガティブに考えてしまう。

立花さんは純粋に知り合った同い年の同級生との関わりを求めているのかもしれない。

まあ、いいや。どうにでもなれ。好みのタイプの女の子が一緒に帰りたいというのだ。この機会を逃すこともない。

「いいよ。帰ろう」

「ありがとうございます!では、帰りましょう」

立花さんの表情は相変わらずよく見えないが、その声は明らかに嬉しそうだった。

俺と一緒に帰るだけでこの喜びよう、やっぱり怖い。


閑静な住宅街にある学校と駅を結ぶ通学路を歩く、俺と立花さん。

横にいる立花さんは身長が一五〇センチそこそこくらいだろうか。

俺が最近一七〇を超えたところだから、並ぶと立花さんの小ささがよくわかる。可愛い。

ついに数時間前に初めて出会ったのに、こんな可愛い存在と一緒に歩いていいのだろうか。

「立花さんは、鷺山からどっち方向なの?」

「私は西沢駅です」

「へえ、俺は仲井戸なんだ」

「わあ、途中まで一緒ですね!」

なぜだか大喜びな立花さん。その理由はすぐにわかった。

「私、中学は私立校に通ってたのですが、電車通学は私だけだったので登下校はいつもひとりだったんですよ。同じ方向の方がいて嬉しいです」

そうだったんだ。電車通学が立花さんだけっていうことは、友達は徒歩や自転車だったのだろうか。よくわからんけど、彼女が喜んでいるならそれで良く、俺は何も言わなかった。

 

ちなみに俺たちの利用駅の位置関係は、鷺山駅から三駅目が立花さん西沢駅、その先二駅目が俺の仲井戸駅になる。

西沢駅は各駅停車しか止まらない閑静な住宅街の駅、仲井戸駅は別の鉄道路線の乗り換え駅のため駅周辺に比較的規模の大きな商店街があって、地域では一番栄えている。

 

「あ、ちょっと失礼します」

立花さんはふいに立ち止まると、メガネとマスクを外した。

「せっかく縁あって同級生になったのに、顔を隠したままなのは失礼ですからね」

そう言う立花さんの素顔を見た俺は、息をのんだ。

とんでもない美少女だった。

顔を作るすべてのパーツが完璧なまでに整っている。

スレンダーなスタイルとあわせて、奇跡のバランスだといえた。

肌も雪のように白い。

雰囲気美少女かと思ったら、本物の美少女だった。

しかも、なかなかお目にかかれないレベルの美しさだ。

「えーと……立花さんって、もしかしてアイドルとか……?」

俺は思わず聞いていた。アイドルとか芸能人は、仕事と学業を両立するために通信制で学ぶ人が少なくないという。

「違いますよ。普通の人です」

よく聞かれるんですけどね、と立花さんは苦笑した。

「容姿が整っていることは自覚しています。でも私、あがり症で目立つのが苦手なんですよ。だから普段はメガネとマスクをしてるんです」

「そうだったんだ……」

顔を隠すのは勿体ないと思うが、彼女なりの苦労があってのことなのだろう。

「私はバレエが好きでやってるのですが、このあがり症のせいでコンクールなどには出たことがないのです。発表会でも端のほうにいました。こんな私ですから、アイドルなんてとても無理ですよ」

「それは……残念だね」

バレエのことなどさっぱりわからない俺はそれ以上のことは言えない。


それよりも、やっぱり怖くなってきた。

こんな美少女の隣を歩いても良いのだろうか。

最初に雰囲気美少女だと思っていた時だって不安だったのに、予想以上のガチな美少女だったのだから、俺みたいなモブは相応しくないのではと思ってしまう。

いや、自信を持て。彼女のほうから誘ってきたんだ。

それなら俺は立花さんの隣にいて当然のように堂々としていよう。

俺はそう自分を奮い立たせた。

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