出会い

四月初めの週末、金曜日。

今日は学校で入学式に先だって新入生オリエンテーションが行われる。

これからの学校生活、学習計画などの重要な説明があるのだが、それにも関わらず会場の視聴覚教室に入ると席の後ろのほうに座っている生徒が多かった。

この手の集まりでは珍しくない光景だが、こういう時こそ前の席に座って先生にやる気アピールをするべき。

通信教育が自学自習といっても先生の指導を仰がなくてはいけない場合があるだろうから、心証を良くして損はない。

ということで俺は、一列に二人掛けの机が四本並んだ、その最前列の真ん中に座った。

なお、俺の後ろ二列目までは誰も座っていない。

本当に既に着席している生徒たちから少し離れてひとりだけ座っている状態。

しかし、他人とあまり関わりたくない俺としてはそのほうがいい。

 

オリエンテーションが始まるまでやることがなく、配布された資料を見て時間をつぶそうと思ったところで人の気配がした。

ん……?

見ると、そばにひとりの女の子が立っていた。

紺色のブレザーにスカートという制服っぽい服を着ているから俺と同じ新入生なのだろう。

その女の子を一目見て俺は衝撃を受けた。

背中まである長い黒髪、小柄だけど顔が小さいため等身のバランスがいいスレンダーなモデル体型、黒タイツを履いた足も細長く美脚といっていい。

はっきり言って俺の好みのタイプそのものだった。

ただ、顔だけはよくわからない。

顔が小さくてメガネと大きめなマスクでほとんど隠れているからだ。

メガネの奥の目だけ見れば美少女の雰囲気が漂っているが、実は顔のバランスがイマイチな雰囲気美少女という可能性もある。

いや、相手には失礼かもしれないが、俺だって年頃の男なんだからそういうのは気になってしまうんだよ。

いやいや、やっぱりそれは悪い。俺の尊敬する戦国時代の武将、高橋紹運は婚約者の内面に惚れて外見は気にせず正妻に迎えたという。

あれ、でも俺目の前にいる女の子とは初めて会ったから内面もどんな子なのかも知らんし……

正直俺も戸惑って訳の分からんことを考えていると、女の子が遠慮がちに声をかけてきた。

 

「あの……お隣、座ってもよろしいでしょうか……?」

いい声だな。

透き通るような声とはこのことを言うのだろう。

なにからなにまで俺の好みに合致している。

それにしても、他にも席はたくさん空いているのに、なぜここなんだろう?

俺の抱いた疑問が顔に出てしまったのだろうか、女の子は慌てて言った。

「あ、あの、大切な説明会なので一番前でお話を聞きたかったのですが、ご迷惑でしょうか……?」

「い、いや、いいよ。迷惑じゃないから」

俺も慌てて答えた。そもそも席は自由だから誰がどこに座ろうと断れないのだ。

それに、俺が別の席へ移るということも出来たが、さすがにあからさま過ぎるかと思ってできなかった。

でも相手が男かまったく好みではないタイプの女子だったらすぐに移動してたと思う。

 

「良かった……失礼します」

女の子は丁寧に会釈をして座った。

二人掛けの机なので、距離がめちゃくちゃ近い。

彼女からふわりといい匂いがするのは決して気のせいではないだろう。

思わず目で追ってしまうと、女の子と目が合った。

さすがに露骨すぎたか……?

だが、彼女は気にする様子もなく、俺に自己紹介してきた

「私、立花雪乃と申します。よろしくお願いします」

「あ、うん。俺は高橋鎮理です。よろしく」

「ところで失礼ですが、高橋さんは今年中学を卒業された方ですか?」

「そうだよ。立花さんは?」

「私もです。同い年の同級生ですね。通信制って年上の方も多いそうですから、気になっていました」

立花さんの言うとおり、通信制高校は生徒の年齢の幅が広いのが特徴だ。二十代、三十代で働きながら学ぶ生徒は珍しくない。

俺は同意するように頷いた。

「確かにね。年上の人にタメみたいな接し方したら気まずいよね」

「そうなんですよ。私もその点を心配していたのですが、最初に出会った同級生が同い年の方で安心しました」

「うん。だから、俺には敬語ではなく、タメ口でかまわないよ」

他人とは関わらないと思っていた中での出会いだ。それなら敬語で他人行儀よりも気安く接してくれたほうがいい。

「私の敬語は身についた癖みたいなものですが、高橋さんがそう仰るなら努力してみます」

立花さんの声は少し申し訳なさそうな感じで、俺は慌ててフォローした。

「そういうことなら、無理しないで立花さんの普段通りにしてくれて構わないよ」

「ありがとうございます。あ、先生がいらっしゃいましたね」

立花さんの言うとおり、先生たちが入ってきた。

「そうだね」

俺も椅子に座り直して、話を聞く体勢をとる。

立花さんも姿勢を正していた。背筋が伸びて美しいほどだった。

俺たちの正面に先生が立ち、オリエンテーションが始まった。

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