翌朝。

〝CURIO SHOP〟

 と看板がしてある骨董品店に、詞は向かった。

 店内は火事でもあったように焦げていた。

 店先にロープが張られ、多くの警察や報道関係者が出入りしていた。

 半焼した店内にには、世界の古美術品が所狭しと置かれたあった。

 そこに、鹿射ち帽を被った紳士が巻尺と大きな凸レンズを使いながら猟犬のように現場を嗅ぎ回っていた。

「ホワット?」

 それから、床にバラバラになって倒れている鎧兜を指差して、近くの警官に聞いた。

 警官は、首を横に振った。

「ザッツア、サムライズ・アーマー」

 その時、周囲の野次馬の中から詞が四つん這いになって前の方に出て来た。

 鹿射ち帽を被った中年の紳士が、詞を見て近付いて来た。

「あなたは、あれが何か御分かりなのですね」

 紳士は、日本語で聞いてきた。

「日本の言葉が話せるんですね」

 驚いて、詞は言った。

「少しですが、最近まで東洋の方に旅していたもので。それよりお話しを伺いたいのです。さあ、こちらへ」

 紳士に促されて、詞が現場の奥に入って行った。

「失礼します」

 詞は、一礼した。

「さあ、お話し下さい」

 紳士が、催促した。

「それは日本の具足の一式だと思います」

 詞は、言った。

「普段、どういう状態で置いてあるのですか」

 紳士が、聞いた。

「兜、面頬、脛当て、篭手を着けて椅子のような物に座った格好で飾って置くのが普通だと思います」

 詞は、答えた。

「ううむ、成る程。これなら露出する部分はほとんど無くて、とても安全な訳ですな。我々イギリスの甲冑と似たような物だ」

 巻尺で寸法を計りながら紳士は呟いた。

 その様子を、詞は興味津々で見ていた。

「はてな。このバラバラになった代物をちゃんとまとめても、元通りに座るようには見えないが」

 凸レンズを覗きながら紳士は言った。

「そう言えば、支え棒が見当たりませんね」

 詞が、指摘した。

「支え棒? ああ、心棒ですね」

 紳士が、言い直した。

「はい」

 詞は、頷いた。

 紳士は、考え込んだ。

「あの、火事で焼けてしまったのでは」

 詞は、言った。

「僕もその点は考えてみたが、心棒だけがそっくり焼失していまうという事が有り得るだろうか」

 紳士が、疑問を呈した。

「支えとしての心棒が焼けて無くなったので、具足が倒れたのでは?」

 思った事を正直に、詞は口にした。

「しかし、具足には余り焼けた後はない。まず具足がある程度焼けなければ、心棒が焼ける筈は無いのでは」

 紳士が、反論した。

「はあ、言われてみれば…」

 詞は、頷いた。

「それはそれとして、これを見て貰いたいのです」

 紳士は、詞を奥の白い布が被せてある場所に誘った。

 そして、その布を剥ぎ取った。

「うっ」

 思わず、詞が唸った。

 そこには、口を半ば開けて歯を剥き出した一体のミイラが横たわっていた。

「この店の主人、ダニエル氏らしいのですが。はっきりとした事はまだ」

 紳士は、言葉を濁した

「どうして、こんな事に」

 詞は、尋ねた。

「僕としても、このようなケースは稀な例でして。そこであなたのような東洋に詳しい方に是非助言をお願いしたいのです。ここでは何ですから場所を変えましょう」

 丁重に紳士は答えると、詞をカフェに誘った。

「日本茶、中国茶、イギリスの紅茶とも違うこの真っ黒な飲み物は何ですか」

 その黒い液体を見詰めて、詞は言った。

「茶は葉を煎じますが、これは珈琲豆を挽いた飲み物です」

 紳士は、言った。

「コーヒー?」

 コーヒーを始めて飲んだ詞は、眼を白黒させていた。

「さあどうぞ、コトバさん。これからあなたのお話しをじっくりとお聞かせ頂きたい。あ

なたが遠い日本から着の身着のまま当地に来たものの、食堂の皿洗いで辛うじて生計を立てている事意外、僕はあなたに関しては何も存じないのでね」

 紳士は、雄弁に語った。

「私はまだ、何の自己紹介もしていませんが」

 詞は、驚いた。

「なあに、初歩的な推理です」

 紳士は、言った。

「推理?}

 詞が、聞き返した。

「観察する事です。熟練した者の眼ならあなたが被っている帽子のひさしの裏にkotobaという名前が黒糸で刺繍してあるのを見逃す筈もありません」

 淡々と、紳士は答えた。

「成る程。でも、皿洗いの事までは」

 詞は、尋ねた。

「その人の手を見れば、大よその職業が分かります。手荒れの様子から日頃大量の洗剤を使用しての水仕事だと」

 紳士の説明に、詞は呆然としていた。

「あなたは警察の方なのですね」

 その洞察力を見て、詞が聞いた。

「僕は警官ではありません」

 紳士は、答えた

「でも、こうして事件を捜査しています」

 詞は、言った。

「探偵です」

 紳士は、言った。

「たんてい?」

 詞には聞き慣れない職業であった。カフェの窓外に、幌馬車に交じって自動車が走っているのが見えた。

「一体、あんな事が実際にこの文明都市に起こり得るのですか」

 いまだに信じられないという風で、詞は言った。

「仰る通りです」

 紳士も同意した。

「一口に人間の体をミイラにすると言っても、それは南のエジプトとかそれなりの自然条件が整った場所でなくては無理ではないでしょうか。つまり、空気中に湿度が極度に少なく気温も高い。そういう場所でなくては、たとえ作ろうとしてもミイラは作れぬものでしょう。普通の条件の場所では、死体はたちまち腐乱が始まってしまうものではないですか? まして一晩では」

 思っていた事を、詞は一気に述べてみた。

「職業柄、僕は今まで随分と多くの死体を見てきましたので、そういった事に関する知識は一般の人よりはあるつもりです。しかし、今度の事件の死体には、今までの知られたどんなやり方も用いた形跡が無いのです。そこで東洋です。あなたは遠い神秘の国からの旅人です。こういった現象に対し、僕のように驚いて口を開けるだけではなく、何か違った見解をお持ちかも知れない。そう考えて、こうして伺っているのです」

 持って回った言い回しで、紳士は長々と言った。

「昔の修験者が生きたままお経を唱えながら餓死して、ミイラになったという話を聞いた事がありますが、それとて死んでミイラ化するまでに長い期間が必要です」

 詞は、東北に伝わる即身成仏を例にした。

「では、中国伝来の漢方薬のような薬物を用いては」

 紳士は、聞いた。

「私は存じません」

 詞は、答えた。

「……そうですか。それでは、今日はこれくらいにしておきましょう」

 そう言って、紳士は立ち上がった。

「何のお役にも立ちませんで…」

 申し訳なさそうに、詞は言った。

「いえ、今は推理の段階ではありません。そのための材料集めなのです」

 紳士は、言った。

「はあ…」

 詞は、嘆息した。

「新しい材料が揃ったら、連絡しますよ。取りあえず、むき出しで失礼ですが、これを」

 と言って、紳士は詞にイギリス紙幣を数枚手渡した。

「いえ、そんな事をして頂く義理は」詞は、恐縮した。

「僕の仕事を手伝う報酬の一部と思って下さい」

 紳士は、詞の手に強引に紙幣を握らせた。

「でも…」

「それでは、また」

 遠慮している詞をよそに、紳士が出て行った。

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