第5話 訪れた転機③
先日店に訪れた増田さんから受け取ったのは、今目の前にいる白雪さんから告げられた「煌櫻高等女学園に入学してほしい」といった旨の通知内容と、今のような面会を開くために都合のいい日時を記す書類が同封されていた。
名前も聞いたこともないような、聞くからに限られた階級の人間しか立ち入ることが許されないような学園からの入学推薦。
書類の内容は理解しても、是非に関しては決めきれなかったため、今日この場で判断しようと思い至ったのだ。
「……その、白雪さんはなぜ、僕に入学してほしいと思ったのですか?」
僕からの疑問にも、白雪さんは柔和な笑みを顔にたたえて答えてくれる。
「それを語るにはまず、
――私立・煌櫻高等女学園は、私の祖父である
戦後間もないころ、敗戦し疲弊しきっていた日本を立て直し、一つの国家として必ず発展してみせると奮起した祖父は、優秀な人材を育成するための学園の創設を計画した。
そして学園が無事建設し終わるころに、祖父は学園側に特殊な入学条件を付けくわえた。
それは「生徒は全員、女子のみ」とする――いわば、男子禁制の女学園を理想に掲げたわけだ。
「…………なぜ富士夫さんは、女子のみの入学を許可したのでしょうか」
「……祖父は、それまでの日本に深く根付いていた『男尊女卑の文化』に強い忌避の感情を抱いていた」
ふと立ち上がり窓の外の景色を眺める白雪さんは、思い入れ深い過去を脳裏に馳せているように感じ取れた。
「父を事故で亡くし、女手一つで育てられた祖父にとって、能力の差に男女の性別は関係ないと頭の中で理解していたんだ」
「それじゃあ何故、共学じゃなくて女子生徒のみの学校の設立を……?」
僕の質問に対し、こちらに向けた峯央さんの顔は、少し呆れたような微笑をたたえていた。
――――祖父は、男尊女卑こそ忌み嫌っていたが、多少なりとも「優生思想」にとらわれていたきらいがあってね。
日本の復興と発展のためには、能力の高い優秀な人間こそが積極的に子孫を残すべきだという「積極的優生思想」に基づいて、優秀かつ有能な女子生徒の入学を推進し、その育成に注力したんだ。
優秀な女性なら、さらに優秀な子供を産み、育むことができるだろうと。
「それは…………」
「極めて横暴な持論だといえるだろう。私が物心ついた時までは祖父は存命で、誰にでも優しくはあったが、根が大正生まれらしい頑固な人でね。あの人の言い分を世に広めれば、ある種の活動家は激高するだろう」
――そんな、学園の基盤ともいえる思想を貫いた我が校は、創設から現在に至るまで、優秀な女性社会人の輩出に成功した。
実際、世で活躍する女性政治家や大企業の女性幹部、放送局に引っ張りだこの大物芸能人や女性スポーツ選手は、だいたいが我が煌櫻女学園出身だったりもする。……とある事情で、経歴は伏せているがね。
まさに、祖父の抱いていた理想に近づきつつある……そう感じたのもつかの間、現代に至るまでの社会情勢の目まぐるしい変化によって、我が校の生徒の中にとある
「…………ひずみ?」
「……我が校を卒業した生徒たちは、みな一様に『男性慣れ』していないということだ」
思春期のほとんどを同性とともに過ごしていた煌櫻女学園の生徒は、共学かつ同年代の女子生徒よりも思想価値観がやや凝り固まっているように感じ取れた。
ある卒業生は男性を低能なサルだとして侮蔑し、またある卒業生は男性に強い嫌悪感情を抱き、またある在校生は男性と直に面談しただけで軽いパニック障害に陥るほどだった。
「そんなことがあったんですね……」
「私たちのように学園の礎を築き生徒を見守る立場である者としても、生徒に偏った思想価値観のまま卒業してほしくはないと考えている。そして、社会情勢の変化と現実問題である人口減少の面から鑑みて、我が煌櫻女学園は『男女共学化』の道を選んだ」
「でも、それは……」
「あぁ、決して楽な道のりではなかった」
――――煌櫻女学園の「男女共学化」。
この計画を発表したとき、多くの反対意見が出た。
在校している女子生徒の安全を心配する保護者に、学園の風紀を重んじる教師、そして学園の歴史に準ずる狂信者じみた関係者……賛成意見はもはや出ないといっていいほどの劣勢だった。
「……つい最近まではね」
「……どういうことですか?」
「…………我が校を卒業した生徒の行動が、ちょっとした社会問題になったんだ」
――――問題となった……いや、ある意味では被害者となった女子生徒は、大きな影響力をもった資産家の一人娘だった。
学業に対する姿勢も極めて優秀かつ、校内随一の品行方正さは教師すら感嘆するほどの模範的な生徒であったのを、今でも覚えている。
しかし、女子校出身生徒の特徴である「男性慣れ」していない一面が、彼女の
煌櫻女学園を卒業した彼女は、東京の某大学に進学したから何不自由ない順風満帆なキャンパスライフを送れるだろう……彼女を知る者は、みなそう思っていた。
だが、現実はそううまくはいかなかった。
大学に進学してから関わるようになった悪友に絆された彼女は、夜な夜な歓楽街に足を運んでは、あくどい高級ホストクラブに入り浸るようになってしまったんだ。
「……『男』という自分とは真反対の存在と出会い、絆され、魅了され、依存してしまった彼女は、大学の生活資金のみならず親に虚偽の援助を求めては金をつぎ足し、着実に破滅の道を歩んでいった」
「……そのあと、彼女はどうなったんですか?」
「資産家の両親にその事実が発覚し、大学は中退させられた。……そして何より、その一部始終が、ネットニュースとして広く世に拡散されてしまったんだ」
「えっ!?」
「今でも、動画視聴サイトを巡れば出てくるんじゃないだろうか。……ともあれ、煌櫻女学園の卒業生が『男性慣れ』していないが故に引き起こしてしまった自己破滅を機に、男女共学化を反対する者たちはみな、一様に口を閉ざした」
「明日は我が身、もしくは自分の周辺で同じようなことが起きうることを危惧した……ってことですね」
「察しが早くて助かるよ。その資産家の両親の名が広く知られていただけに、ことの重要さを認識したようだね。……とはいえ、反対派が一斉に手のひらを返して賛成派に寝返ったわけでもない」
「そうなんですか?」
「あぁ、煌櫻高等学園の男女共学化……それを達成するために対話と譲歩を重ねに重ねた結果、試験的な意味での『男子生徒一人を特別入学させる』という結論に至った」
「……それが……!」
「あぁ、その一人が……
煌櫻高等女学園の男女共学化の達成に先駆け、僕の入学がその懸け橋になることは理解できた。だが、完全に腑に落ちたわけではない。
「な、何故その一人が僕なのでしょうか?僕は庶民の生まれだし、頭が特段いいわけでもないし、スポーツはてんでダメだし…………」
「……私から言わせてみれば、君ほどの適任者はいない。そして、君じゃなければならない」
白雪さんは顔から笑みを消して、鷲のように黄色い瞳孔でまっすぐと僕を見据える。
「君は先日、地下鉄で痴漢を撃退した……そうだろう?」
「は、はい……撃退した、というか、止めただけですけど……」
白雪さんは続けて、衝撃的な言葉を口にする。
「その痴漢被害に遭った被害者女性……
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